杞憂


「…マイペースな人だなぁ」
「…俺には派手に振ってる尻尾が見えた」
 上機嫌で出て行った人物に、成り行きを傍観していた同僚から呆れた感想が漏れる。
 その場に居合わせた者は大なり小なり同じ感想を持っている為、微妙な空気が受付所に漂う。
「…人の話を聞いてよ…」
 疲れ切ったイルカの声に、同僚が頭を撫でる。
「よしよし。お前が疲れてるのはよく解った」
「…」
 常ならしない、軽い職務放棄すら気にならない位に疲労感を纏っているイルカに、周囲の目も同情的になってしまう。
「エラい惚れ込まれてるなぁ」
「木の葉の高級グルメスポット、虱潰しじゃね」
 外に洩れないよう、小声ではあるが、感心しきり。
 件の人物は、木の葉に訪れる度にイルカを食事に誘っているのだ。それも、中忍クラスでは逆立ちしても入れない、超高級店ばかり。
 作法には問題なくても、息が詰まって仕方がない。相手に興味がない上にそれでは、ある意味、拷問と変わりがなかったりする。
「…すっぽかしてイイ?」
「いや。外交問題になるから」
 半分涙目の状態で上目で訴えるのをあっさり否認する辺り、彼らも忍である。
「…まぁ、考えようによっては玉の輿と言えなくも…」
 代々続く名家の出(国主実弟)だけあって、顔立ちは悪くない。無駄に爽やかで、人の話を聞かないとはいえ、良縁と言えなくもない。
 それを口にした途端、涙目の殺気が返される。
 余程、嫌らしい。
「いつでも熨斗付けて代わってあげる」
「いや結構。…にしても、『魔除け』役に立ってねぇなぁ」
「…イルカの顔しか見てねぇから気付いてないんじゃね」
 ちらりと目を遣る先は、イルカの左手薬指。
 受付にシフトされている時には必ず付けている、シンプルな魔除け。
 俗にマリッジリングと呼ばれるだろうソレを、イルカは十代の頃からつけていて。ただ、その年季の割に相手の存在が確認出来ない為に、周囲に『魔除け』と、好意的に揶揄されている代物。
 そんな訳で、里の住民ならさておき、余所者ならそれなりに効力を発揮する筈のソレは、今回、何故か役に立っていなかったりする。
「…相手も用意しないと気付かなかったり」
「…説得力のある相手用意しないとダメだろうな」
 木の葉自体は恋愛至上主義なので、里内に限り、相手の身分は考慮せずに済むのだが、今回の『敵』は、里の所属する国側の上層階級なだけに、中忍・下忍・一般里人では対抗出来ないのが難点である。
 つまり、相手がいると主張しても、相手の身分次第では無視されかねない。
「国のおエライさんがドン引きする相手って、どんなんだよ」
「…火影様」
「トシ考えろや」
 確かに、里長の相手となれば躊躇はするだろう。
 だが、『正妻』位置でないと説得力に欠ける。更に、その相手が孫までいる好々爺では。
 …推して知るべし、という所だろう。
「…胃に穴開きそう」
 とうとう唸りだしてしまったイルカの頭を、用件を終わらせた者達がそっと撫でて出て行く。とにかく、表立って手助けするには相手が悪い。先方にバレない程度に同情するしか法がないのである。
「…良い胃薬知ってるから、明日持って来てやるな」
「…取りあえず、どっかでストレス発散してこい」
「うーんー」
 同僚としては、完全に職務放棄したイルカを宥めつつ、受付業務をいつもよりスローペースで進めるしか出来なかった。


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