杞憂


(…また来た)
 受付所の入口に現れた人物を確認し、溜息を吐く。
「うわ〜。また来たよ。すげぇな」
「三日と空けず来てんじゃね」
 同じく入口に視線を向けた同僚達が呆れとも感心ともつかない声で呟く。
「…いい加減、勘弁してくれないかな」
 嫌気と頭痛と。
 どちらが上か、内心で計りつつ、もう一度溜息。それが、ここ一月程、頻繁に里へ訪れるようになった某都人に対するイルカの正直な感想だった。
 火の国の、国主の弟。
 そんな立場の人間が、僅かな供だけを連れて里に姿を見せるようになったのは、先日のアカデミー視察以来の事。
 火の国の軍事にも関わる人物なだけに、最初は、火影に用向きがあって日参していると目されていたのだが。
 それが、実は公務と全く関係のない私用となると。
 話はだいぶ違ってくる。
「…イルカさん!」
 喜色満面の笑顔で寄ってくる貴人に気付かれないように、更に溜息。
「イルカさん!今夜は…」
「…任務依頼でしたら、あちらに回って書類を書いて頂きたいのですが」
 かけられる言葉の半分以上を聞き流し、幾分疲れた声で真逆の位置に設置した依頼書作成コーナーを差す。
 木の葉における任務依頼は基本的に、同一書式に記入して貰う事から始まる。その後、記入済みの用紙を所定位置に提出すると、随時、処理されていく。
 先ずは、緊急かそれ以外か。
 ランクの別を問わず、緊急を要すると判断されたモノに関しては、即座に対応される。…内容的には、皮肉にも、Dランクのモノが多い(迷子捜索等)。
 続いてランク分け。
 依頼者の自己判断も考慮に入れるが、書類の記載内容で判断され、C・Dランクに相当するモノは、一時金を預かった後、依頼書の控えを依頼者に渡し(仮契約扱い)、一旦帰宅して貰う事になる。そして、任務終了後、正式に請求書が回される事になっている。
 A・Bランクに相当するモノは、書類だけでは受理出来ず、個別に相談を受ける事になる。依頼内容を詳細に聞いた上で、適任者を派遣する為、その手間を省く訳にはいかない。これも、一時金を預かった時点で受理となる。
 Sランクが受付所経由で依頼される事は原則的に有り得ない。こちらは里長…火影の領域だ。稀に、受付所で発覚される事もあるが。
 そして、指名。
 九割は里側で担当者を決めるが、中には希望の忍やチームを依頼者が指定する場合がある。その際は一時金と別途に指名料を前払いで請求するのだ。
 このシステムは、約十五年前から導入され、そのお陰で木の葉の依頼システムは他里に較べスムーズだと言われている。
 …尤も、この方法を導入させた人物自体は更なる効率アップを目論んでいるのだが。
 閑話休題。
「いえ。任務依頼ではなくて…」
「…申し訳ありませんが、業務中ですので…」
 言外に拒絶したのに気付かず、言葉を足そうとする相手に苦笑とも困惑ともつかない表情で告げる。
「あ!そうですね!では、業務が終わるのを待ってますから、食事に行きましょう!料亭の予約をいれてあるんです!」
 満面の笑顔で、勝手に納得した相手は、断られる事を考慮せず宣言し、とりあえず受付所を出て行く。
「ちょっ…」
 口を挟む暇すら与えられず、そこはかとない敗北感に苛まれながら、イルカは机に突っ伏した。


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