嫁のお仕事




「きゃああああ!」
 木の葉神社の外周を取り巻く鎮守の森に響く悲鳴に、しゃがんで作業していたイルカが立ち上がる。
 声の方向へ足を進めると、よく知った幼なじみが上空で逆さ吊りになっていた。
「アンコちゃん、何やってるの?」
「…遊んでるように見える?」
「見えなくもないけど」
「ええい。誰が好き好んでこんなカッコするか!アンタのトラップに引っかかったのよ!」
「あはははは」
 周囲に残っているだろうトラップを警戒してか、宙吊りのまま微動だにせず叫ぶアンコに笑って誤魔化す。
 事実、殺傷能力こそ皆無だが、無数の仕掛けが配置してあるのだ。
「…笑ってないで助けてよ。抜けたら次、なんて嫌なんだから」
「あ。うん。待ってて」
 下手に動くより、仕掛け人に解かせた方が遥かに速い。
 イルカの作業の邪魔にならないように静止しているのもお手の物の、アンコであった。






「もぉ。何でこんな所にトラップ張ってんの。こんな子供の遊び場に仕掛けたら危ないじゃない」
 慣れたモノで、無駄口を叩きながらもスムーズに降ろして貰うと、足首を擦りながら口を尖らす。
「ちょっと試し?」
「何故疑問系。何を試してんのよ。試すなら暗部の方で良くない?」
 通常、イルカが新作を試すのは質の良い被験者が揃っている自宅か、暗部の訓練施設に限っている。
 こんな、アカデミー生や一般人が入り込みそうな場所で行う事は滅多にない。
 アンコが疑問に思うのも尤もである。
「ん〜。最終仕上げだから、仕掛け場所近くで試したくて」
「え?ここに仕掛けんの?何で?」
「ここって言うか、神田の周りにね」
「神田?…あぁ。そろそろ神嘗祭か」
「そうそう」
 目を見開くアンコに言葉を添えると納得したのか頷く。
 十月に入り、農作物関係の例祭が立て続けに木の葉神社で執り行われる。
 その中でも特に重要な神嘗祭。
 実った稲を奉納し、豊作に感謝するというもの。
 その奉納する稲を育てている神田は毎年色々と被害を受けているという。
「なぁに?神社に頼まれたの?」
「ん〜。鳥やなんかはいいそうなんだけど」
「ん」
「子供の悪戯も日中だから見張りいるし」
「そうね。怒られたついでに手伝わされるのよね。アレが大変でさあ。…二度とやるもんか!って思うのよね」
「…そうだね」
 楽しそうに笑うアンコに苦笑する。
 子供の頃は彼女と二人、思い付くままに悪戯をしていた。
 いつも真面目なハヤテが止めようとするが、有無を言わさず巻き込んだのは数知れない。
「あ。違う違う。昔の楽しい思い出に浸ってる場合じゃなかったわ。…で、鳥と子供じゃなかったら何?狐?猪?」
「…猪が入るのは田んぼより畑だよ。そっちは専用に罠が仕掛けてあるってば」
 イルカの、ではなく古来から使われている伝統的な仕掛けではあるが。それでもかなり効果は高い。
「そっか。じゃあ、何?」
 毎年問題になるのは子供の悪戯と動物の被害だけだと思っていたが。
 別にあるのだろうか。
 軽く首を傾げながらアンコが訊く。
「人間」
「人間?」
「うん。ここ数年ね、夜中に刈り取って行った人が居たらしいよ」
「そうなの?」
 夜中に動くのは基本的に大人。それが神域で盗みとは。
 無分別にも程がある。
「神田の半分くらいだけど」
「…広いからね。でもそれでも一人じゃ無理ね」
 個人の所有物と考えたら里一番の広さを誇る。もっとも、災害時の対応等もある程度は担っている為、里人から不平が出たことはない。
 故に、多少ならば神の分け前として黙認しているのだが。
 毎年半分も、ともなると黙ってはいられないという事なのだろう。
「それでも向こう一年の神撰と御神酒の材料だから大変だったみたい」
「あぁ。去年、いきなり式年祭やるって言い出したもんね」
 行事祭祀が増えれば、それだけ人員も使う。神撰も直会も賄うとなるとかなりの消費量がある筈だ。
「だから今年は盗まれないように?」
「そう。神社から火影様に相談があって」
「それでイルカに?」
 対人間なら、イルカ以上のトラッパーはいない。最高の人選だ。おまけに神事にも深く関わっている。
「立候補してみた」
「おいおい」
「だって田んぼを守るのは案山子の仕事でしょ?」
「そうね」
「案山子が忙しいなら嫁がやるしかないな〜って」
 楽しそうにぺろっと舌を出すイルカに一瞬だけ息を詰めて。
 次いで大爆笑してしまう。
「そうね〜。カカシの嫁が適任だわ、それは!畑や田んぼを守るのは案山子の一番の仕事だもんね!」
「でしょ」
「そのカカシはなかなか里にいないし。息子はキツネだから作物つまみ食いしちゃうもんね」
「…流石に稲はつまみ食いしないよ」
 悪戯は凄いが、本当の意味で人に迷惑を掛けた事はないのだ。あの可愛い息子は。
「納得納得。よし判った。案山子の妹も参戦するわ」
「神社の用事だから報酬ないよ」
「今の笑いで充分よ。ささ、仕掛けしようよ」
 七転八倒しながら笑っていたのをなんとか抑え、気を取り直して神田方向を指す。













 かつての悪戯娘が手を組んだ以上、今年の被害はゼロになる筈である。


目次← →解説