小一時間位で肥料を撒き終え、水辺で手を清める。
飲料に向くここの水は、夏でもかなり冷たく、心地良いのだろう。顔まで洗って、シートに戻ってくる。
「お疲れ様」
「あんなモンで良い?」
「はい」
冷やした指先で首筋に触れられる。予想外に冷たかく、首を竦めて軽く睨む。
「…お昼にしましょうか」
腰を下ろすと同時に差し出す、本日の昼食。
二人分にしては少し大きく感じる重箱に、彩りよく詰め込んだ中身はどれも相手の好物で。一瞬、目移りしてしまう姿に気分がよくなる。
「時間、かかったんじゃない?」
「暇だったから」
「…あ〜」
「そっちはあまり気にしてませんよ」
ばつが悪そうに目を泳がせるカカシにため息を一つ。
自覚がある分、始末に負えない。ちろりと見遣ると、誤魔化し半分、意識を逸らすのに、弁当に手をつけていた。
「美味しい?」
「勿論。たまにはこんなのも良いね」
携帯食や兵糧丸ではなく弁当を、外でのんびり食べる。
団体ならともかく、二人きりでこんな事をしたのは子供の頃以来で、ある意味、力が抜けていく。
落ち着く、と言って良いかもしれない。
「…天気は良いし、人目はないし、花は綺麗だし」
「そうですね」
「そういえば、凄い量の花だけど、どうしたの?」
怪訝そうな顔に曖昧に笑う。
それはそうだろう。カカシの知る限り、イルカはマメに花を買うというタイプではない筈だ。
いくら十年かけて育てたんだと言っても、目に映るものの量が半端じゃない。そして、趣味と言うなら、敏いカカシが全く知らないのはおかしい。
「殆ど、カカシさんから戴いたモノですよ」
不思議そうに尋ねるカカシに苦笑する。
「俺、鉢なんかあげた?」
「いいえ。カカシさんがくれるのは切り花ばっかり」
「うん」
花束や一輪。
彼の思いつくままに渡された花はどれも切り花。そこには、ほんの少し哀しい理由が隠されていたけれど。
「でも、元気な子が多くて、花瓶に生けてると高確率で根が生えてくるので」
挿し木したんです。
悪戯が成功した時の、楽しそうな笑顔に虚を突かれる。
いずれ枯れるのが前提だった花を根付かせたとは思わなかったのだろう。
「…凄いね」
「…だって。怒ってますもん」
拗ねた口調に苦笑を浮かべる。
切り花以外に渡さなかった理由を知られていたのに気付いたらしい。
「いつから気付いてた?」
「アカデミーの時かな。お菓子とか、切り花とか、取っておけないモノばかりくれてると思ったのは」
プレゼントの回数は多いのに、決して残るモノはくれない。
驚く程に回数が多いのは、プレゼントという行為の印象を薄くする為。
遅かれ早かれ、確実に無くなるようなモノばかりなのは、記憶を残さない為。
それは、職業病の一種だと理解出来るけれど。
淋しくて、哀しい事この上もない。
「…あの四代目様もそうだったって、聞いたから。もう、仕方ないなって思って」
遺るモノ、自分で作っちゃいました。
諦めたような吐息と苦笑。
いつだって、死ぬ準備をしている人間に、何かを遺せという方が難しい。
それを悟ったのが、子供時代だと言うのが、ほんの少し虚しいけれど。
「そっか」
「…カカシさん、ビョーキだから」
「うん?」
「怒るだけ、無駄でしょう?」
「随分だね」
「…忍者、辞められないクセに」
イルカは…否。
大多数の忍は、職務に誇りは持っていても、最終的には転職が可能である筈だ。
怪我や、その他の理由で忍を辞めざるを得ない者だって、少なくはない。
だが、カカシは。
忍であることしか、出来ない。
忍びを辞める時は、死ぬ時だと、断言出来てしまう。
現に今だって、周囲に気を散らし、想定内外の全てに対応出来るよう、どこかが準備している。
《仕事依存症》もここまで来ると立派だと、イルカは思う。
「…他の自分なんて、想像した事もないよ」
「だから、それは良いんです。薄情者だって、長期任務だって、お休みが少なくたって」
今更な事をとやかく言うのは無駄と知っている。
「でも」
「…ん?」
「今日みたいな、お休みの日は、ちゃんと休んで欲しいんですけど?」
それだけが、不満。
体も心も休める時には休まないと、壊れてしまう。それが、不満で不安。
確かに、心配は勝手にするものだけれど。
稀には言いたくもなるのだ。
体を休めるには家にいた方が良いのに、ここまで連れ出さないと、意識が完全にオンになってしまう人だから。
手を替え品変え、画策してしまう。そしてそれが、余計な事だったかもしれないと、心のどこかが怯えるのだ。
「…ごめん」
くしゃりと、頭を撫でられる。
「タマの休みだもんね。ちゃんと休もう。…怒らせてごめーんね。許して?」
あやす様に抱えられ、想いが正しく伝わった事を実感する。そして、互いの為に、一つ、我侭を告げた。
「今日の夜、アカデミーでお祭りがあるんですけど」
「うん」
「付き合ってくれたら、許してあげます」
「…承知いたしました」
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