休日


「何?」
「お忙氏?」
 振り向きもせず問うのに笑う。
 驚かすのは不可能な相手とはいえ、どこか気にかけてもらえていたような気がして、ちょっと嬉しい。
「ん〜。暇人」
「じゃあ、遊びませんか?」
 座っている上から覗き込む。
 その手元には、難解な古代忍び文字の羅列。思わず、肩を落としてしまう。
 イルカも、辞書片手なら何とか読める代物だが、この、存在自体が反則みたいな人は、現代文と同じレベルで読んでしまうのだ。
 里の誇るトップクラスの上忍にだってそうはいまい。
「遊び?何するの?」
「それより、ソレは良いんですか?」
「ん?ちょっと印の構成調べてただけだよ」
 古文書を指差す。文章の合間に図解が入っている、珍しいタイプ。禁術書等によくある類いだ。もっとも、例に漏れずこの古文書自体も禁書の筈。
「印?」
「術の簡略化を図ろうと思ってねぇ」
 簡単、安全が武器の理想だから。
 そう続けるのに軽く頷く。そういえば、彼が術や忍具の改良を趣味にしていたのを思い出す。
 元々は、能力に反した子供の体が故のハンデを補う為の、必要に駆られてだった。
 忍具の性能向上と印の省略に拠って、施術のスピードアップを図れば、それだけ任務遂行率が上がり、大人との体力差も埋まるから。
 とは言え、忍具は専門の職人に任せなければならない部分も多い所為か、家では、一人でも改良が可能な、術の方に懸かりきりだったのをイルカも記憶している。
 根が真面目な所為だろうか。寝食を惜しんで没頭し、保護者達に叱られる事もままあった。
 当時は、とにかく自身の使い勝手が一番の問題だったから、術そのものの難易度とチャクラコントロールの難易度は殆ど度外視していたけれど。
 今は、より汎用性を高く。
 未熟な施術者でも使用できるように。チャクラの消費を最小限に抑え、制御も易く済むように。
 施術の危険が少なくなれば、会得に時間も掛からず、使用者も増える。結果、任務効率も上がり、仲間の消耗も減る。
 それは、上忍…更に言えば、里の上層部に属している者の恒常的な懸念事項。ともすれば、オリジナル技の開発よりも遥かに重要で、有益な事。
 上忍ですら、その事実に気付く者は少ないけれど。
 …本人が良ければそれで良いのだろう、とは思うものの、趣味ですら、忍の職務から離れられない相手に軽い頭痛を覚えてしまう。今更ではあるが、彼の人格形成の責任者を責めたくなるのは、仕方がないかもしれない。
「イルカ?」
「…何でもないです。それより、お弁当作ったんですよ。遊びに行きましょう?」
「良いよ。そう言うからには行き先も決まってるんだ?」
 言っても詮無い事には口を噤み、当初の目的だけを口にする。その辺の割り切りは良い方だ。
「今は内緒。取りあえず、こちらにお召し替え願います」
「…はい」
 ちらりと悪戯っ気たっぷりに人差し指を口に当て、その後、予め用意していた着替えを澄ました顔で手渡す。忍服とは全く違う素材の服に苦笑はされたものの、詮索はない。
「じゃ、十分後に出掛けましょ?」
「玄関でお待ちしております」
 おどけた声で応じるのに笑って、自らも支度に向かった。


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