「…ひゃー。イルカったら、我が儘言った事あるんじゃない」
「そりゃあるよ。二度と言うまいと誓ったけど」
楽しそうに感心するアンコに口を尖らせる。
だから、言いたくなかったのだ。我が儘を言って困らせた自分を思い出すのが恥ずかしくて。
「…結局、どうなったんです?」
「…無理矢理任務終わらせて来てくれた」
ハヤテの問いに拗ねた声で答える。
実際、そこまでは良かったのだ。
約束を守って貰えて、ただ、嬉しかったのだから。
けれど。
「流石カカシ」
「…でも、大怪我してた」
「カカシさんが?」
そう。夜まで気が付かなかったけれど、実は大怪我をしていたのに、何も言ってくれなかったのだ。
あの、優しい旦那様は。
「休みがダメになったのって、中忍の任務がおしたかららしいんだけど」
あの、不世出の天才が大怪我するなど、子供の頃と言ったって普通じゃない。そこを説明するべく言葉を紡ぐ。
「そういや、まだ中忍の時代だっけ。単独任務は受けられないね」
「あぁ。だから、予定通りいかなかったんですね」
「当たり。…それで、暗部の方の任務がギリギリになってたみたい」
「それで怪我?らしくない」
どんなに任務が重なっても、完璧に遂行するカカシには珍しいミスである。
それは、幼い頃から変わらない。
「…寝ないで任務調整して、体力も限界だったから」
「…あ。そっか。今のカカシに慣れてて忘れてたけど、当時は子供か」
「そういう事」
如何に有能とはいえ、所詮子供。大人に匹敵する体力などある訳がないのだ。常ならその辺も加味して任務調整をしていただろうが、あの時はきっと、イルカの願いを叶える為に随分な無理をしてしまったのだろうと、今なら解る。
「イルカさんは気付かなかったんですか?」
「今ならともかく、当時は無理。止血して、血臭隠されちゃうと太刀打ち出来ない」
自身の顔色の良し悪しもつかない程に子供だったのだ。
当時からかなりのポーカーフェイスだった人の表情を読むなど、あり得ない。
「確かに。でも、知ってるって事はバレたんでしょ?何で?」
「暗部の人から綱手様に連絡が入って」
「あらら」
「飛んで帰ってらっしゃった綱手様に捕獲されて、強制治療とお説教のフルコース」
逃げようとするカカシを捕まえ、怒鳴り、殴り飛ばし、その後、丁寧に治療して、正座で三時間。
おそらく、鬼の形相とは、アレを言うのだ。二十年近く経った今思い出しても身震いする。
「イルカも?」
「それが、アカデミー生に理解させるのも中忍の務めだって、カカシさんだけ」
お説教の最中に、泣きながら謝るイルカを抱き締め、別の部屋に連れて行ってくれた網手は、慈愛に満ち溢れてとても優しかったけれど。
睡眠薬でイルカを寝かしつけた後、再び鬼の形相でカカシにお説教していたらしい。
何年も経ってから、暗部の笑い話として聞かされた時には申し訳なさに穴を掘って潜りたかったのを憶えている。
「あ〜。綱手様なら言いそう」
「全然悪くないのに、カカシさんは何も言わないし。任務の時は絶対に無理を言わないって思ったよ」
あの時…あの誕生日からだ。どんな時でも、任務は最優先してもらう。我が儘も、出来るだけ言わないようにしようと思ったのは。
尤も、当時は子供で、無意識に我が儘は出てしまうし、更に相手はあのカカシ。年は一つしか違わないクセにイルカの何枚も上手をいく彼には、我慢の裏まで見通されていた様ではあったけれど。
「納得。じゃあさ、今回はお子様達とアタシらで楽しもうよ」
「そうですね〜」
「ありがと」
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