母の日


「…丁!」
 伏せられていた籐の壷が上がった瞬間、賭場から歓声が上がる。
 ふらりと現れた瀟洒な青年が、ここまで強いなど、賭場の誰一人、想像してなかったのだ。
 正に百発百中。
 先だって現れた、伝説のカモ(これも、目を疑う程の不的中率を誇った)の、真逆の存在に、ただただ見入ってしまう。
「こんなもんかな?…換金してくれる?」
 莫大になった掛け金をあっさり換金する、その冷静さにまた、感心する。
 こんな状況、普通なら舞い上がって然るべきだ。
「にいさん、もう止めちまうのかい?」
「神業みたいだったなぁ」
「もうちょっと魅せてくれよ」
「…そぉ?ありがと。でも、実は人捜し中なんだぁよ。ごめーんね」
 我が事のように惜しがる周囲に、苦笑気味に頭を下げる。ここに来て三日。強い事・気前のいい事を表面に出しながら、随分と荒稼ぎをした。客達には好かれたが、経営者側はいい加減、我慢の限界だろう。
「へぇ。誰探してんだい?」
「声かけてやろうか」
「ありがと。でも、大丈夫。大体判ったから。」
 口々に引き止めようとする観客に、笑いかけながら座を離れる。
 賭場に勤める者だろう、油断なく注がれる殺気を背に、大量の金を担いで、のんびりと表に出た。
「…にいさん、ちょいと」
「うん。ちょうど良かった。ここの経営してるのって、金貸しやってたよね。連れてって」
 人目を避けた裏路地に回ると、図ったように声をかけてくる。人を脅すのを生業としているような、結構な強面が揃ってはいるが、それ以上を目にする機会も多い身としては別に取り立てて感慨も浮かばない。気配も明確だった故に驚きもせず、用意していた言葉を告げると、相手は目を見合わせ呆然としてしまう。
「…こっちです」
 暫しの沈黙の後、くいっと顎を向けられ、その後に続いた。


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