母の日


 …五月になり、里の花屋の店先に赤い花が並び出すと、カカシは溜め込んだ代休を少し、消化する為に火影の執務室に足を向ける。
「三代目〜。代休取りたいんですけど〜」
「…もう、そんな時期か」
「五月ですから」
 ニヤリと笑う三代目に肩を竦めてみせると、苦笑気味に相手を窺う。
 毎年の恒例とはいえ、受理されなければ意味はない。
 要するに、任務に支障が出ないかどうか、である。
「急ぎのモノはないんじゃろう?」
「今のところは」
「うむ。好きに休んで良いぞ」
「…好きにって…」
 ひらひら手を振る三代目に脱力する。
 確かに抱えている任務がなければ、都合の良い時に休める制度にはなっているのだが。
 カカシとて、その原則から外れる事はないのだが。
「去年一年分だけでも二カ月は休めるじゃろうが」
「…半月で充分です」
「…ほれ。通行証」
 疲れた風情のカカシを無視して、里外に出る折に必要とされる通行証を投げ渡す。
 木の葉は───── 他里も例を外れないだろうが───── 、忍者の隠れ里であるが故に、里への出入りは厳しく制限されている。
 任務以外で里外へ出る為には、必ず通行証を発行して貰わなければならないのだ(当然、里の住民以外が入里する際にも発行される)。それは、機密漏洩や里の安全を考えると無理からぬ事であり、その点においては、忍でない一般の里人も同じである。
 そしてその許可審査は、戦力として、機密保持の程度や戦力として重要視される者…つまり、忍としてのランクが高ければ高い程、厳しくなるのだが。
 いつもながら、あっさり下りる許可に軽い頭痛を感じてしまう。
「…許可して貰っておいて言う筋合いじゃないとは思うんですけどね?」
「何じゃ」
「里長ともあろう方がこんな簡単に通行証発行して良いんですか?」
 通行証は、基本的に所定の用紙に必要事項を記入の上、入里管理局に提出しなければならない。その手続きには、最短で三十分。事によると一週間は掛かる。
 ただし、これは里人から精々、中忍まで。
 特別上忍や上忍には火影の直筆の許可が必要とされる為、通常は倍以上の時間が費やされる。また、里を空ける理由や自身への連絡方法も明確にしておかなければならない為、手続はある意味、非常に面倒臭い。
 自然、カカシや三代目といった里の中枢に属する立場の者が私用で里を空ける事など、まず、有り得なくなるのだ。
「ばかたれ。お主が造反するなぞ、天地がひっくり返って記憶を落としたって有り得んわ」
 本人以上に自信に溢れた言葉に、知らず項垂れてしまう。そして浮かぶ疑問。
「…それ、信用されてるの?洗脳されてるの?」
両方に決まっておるじゃろうが
「…ソーデスカ」
 間髪入れず、断言されては反論の気力も殺がれてしまう。
 確かにカカシは、物心着いた時には『木の葉の忍』になる事を決定されていた上に欠片の疑念も持っていなかった。それを刷り込みと言うなら洗脳も強ち嘘とは言えないのだろう。
 悪びれないにも程がある…とは思いはしたが。
「兎に角。許可はしたからの」
「ありがとうございます〜」
 これ以上の問答を避け、頭を下げると踵を返す。
「…土産話を期待しとるぞ」
 退室寸前、耳に届いた呟きに手を振って応えた。


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