鎮花


 ぱちりぱちりと耳障りの良い音を聴きながら、桜を眺める。里の誰も近付かない、隠れ家のようなこの土地へ、イルカが来たのは今日で二度目。
 それも、前回は十年前である。
 連れて来てくれたのも同行者も、一人増えたくらいで、今とほぼ同じだけれど。
 気分の方は随分違う。
「…年取ったのかな?」
「…こらこら」
「先生、まだ若ぇよ」
 つい零れた言葉に、苦笑が二つ戻ってくる。それはとても気持ち良い。
「そろそろ昼だね」
「げ。嫌な手使う」
「…カカシ先生ー!イルカ先生ー!」
 苦々しそうに頭を掻くシカマルと真逆の明るい声が、騒々しい気配と一緒になって飛んでくる。
「火影のじっちゃんとシカマル達の父ちゃん達が来たってばよー!」
「へ?オヤジ?」
「今日は大宴会だぁよ」
 ナルトの報告に、咄嗟に顔を上げたシカマルの隙を突き、人の悪い笑顔を浮かべたカカシが将棋盤をひっくり返す。
「あー!」
「手が滑っちゃった」
「嘘吐け!並べ直すの、面倒臭ぇっしょ!」
「勝負はここまで。皆戻って来るし」
 劣勢だったし助かった、と思いつつ、思わず半泣きになるのは未熟者の所為かもしれない。
「あー!シカマル。いなくなったと思ったら、先生と遊んでたってばよ?」
「…勝負だよ」
 飛びついてきたナルトと一緒に地面へ転がると、憮然と返す。
「シカマル、これ好きだよな。俺、解んないってばよ」
「何回教えても覚えねーからだろ。他の奴らは?」
 乞われるままに何度も教えたのに、ちゃんと覚えたのはシノ・サクラ・サスケだけ。ナルトとキバに至っては、駒の名前すら覚えられなかった。
「お客さんいっぱいだから一緒に来るって。サスケは、ええっと、アンコねーちゃんと一緒に居た、八岐さんって人と伊達さんって人と来るって」
「…聞いてねぇよ。それは」
「後、サクラちゃんはシロクさんっておっちゃんとカモさんってねぇちゃんと来るってばよ」
「…だから、聞いてねぇって」
「だってさ、だってさ、カカシ先生とじっちゃんのトモダチだって言ってたってば」
「…八岐さんって、先生の料理の先生だよ」
「イルカ先生の先生?」
「そう。ラーメン以外は全部教えてくれた」
「ラーメンは?」
「テウチさんに聞けって」
 くすくす笑うイルカに、子供二人が顔を見合わせる。
「…カモって姐さんは、勝負事に目がないから、言えば将棋でも何でも付き合ってくれるよ。ちなみに非常に弱い。…シロクってオジサンは、かなり強いけど、俺よりクセモノだから、薦めない」
 遠くに見える子供達と客人を数えつつ、カカシが言う。
「…なぁ、伊達さんって、別の読み方あるよな」
 ふと思い付いた事を口にする。見上げた相手の顔が、笑みを深くするのを見て、納得した。
「何の話だってばよ?」
「んー。桜って、神様の座る樹なんだってよ」
 ぴくん、と簡単に話を逸らされるナルトに呆れて溜息を吐く。
「サ・クラって言って、稲(サ)ってのが神様って意味で、クラってのが『座』って意味なんだって。昔『銀色の兄ちゃん』が言ってた」
「へー。サクラちゃん達にも教えてあげよ?」
「…サクラの頭にも座ってたりして」
「…想像したくないってばよ」
 楽しさが勝って、渋面を作るのに四苦八苦しているナルトを見ながら、思考のスピードを上げる。
 優勢だったのに、壊した勝負。
 思わせ振りな発言。
 それが示す点は唯一つ。
「…あ。術、解いてあんのか」
 そして、気付いた事はどれも暴露しても良いと言う、遠回しの許可。
「何?何か新しい技?」
「カカシセンセーとイルカ先生の秘密」
「何でシカマルが知ってるんだってばよ」
「お前が忘れてるだけじゃねぇ?」
 むくれるナルトを揶揄う。
 秘密にしなくていいというのは、殊の外シカマルを楽にしてくれた。
 いつもよりずっと楽に言葉が出て来る。
 面倒だし、敢えて口にする必要はないかも知れないけれど、隠さなくて良いのは、やっぱり嬉しい。
「…やれやれ。鎮花祭のつもりだったけど、疫病神の方から逃げて行きそうだねぇ」
「…花見と鎮花祭を一緒くたにする気が解んねぇ」
 苦笑するカカシにまぜ返す。
 桜が散るのに合わせて行う疫病払いと花見は普通、一緒にはやらないモノだろう。
「…十三年前からここに居るカミサマ達は賑やかなのが好きなんだぁよ。それに、約束してたから」


『皆でお花見』


 それが、約束。守られるべき、大切な。
「先生、カミサマともトモダチなのか?凄いってばよ」
「…んな訳ねぇだろ。バカナルト」
 嬉しそうに言うのを小突く。
 それを見て、深く深く溜息を吐いてしまう。
「…普通、予言は外れる事を祈ってするんだけど」
 ここまで当てられては、ぐうの音も出ない。
「先生、どうしたってばよ?」
「なぁんでもないよ。ナルト、空に向かって大きな声で『父ちゃんばかやろー』と『母ちゃん大好き』を三回」
「な、何でっ。カカシ先生、バカじゃないしっ」
「…。あ、そう?じゃ、良いや。…先生、ザマミロ
「…?シカマル、何か解る?」
「…解るけど、教えてやんねぇ」
 にんまりと、この上もなく嬉しそうなカカシと、苦笑するイルカを見て、肩を竦める。

















────────────── …約束破りには、キツイ罰。


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