そして、いま一つは… ──────────────
ふわりと撫でて行く風に目を開ける。
「…よく喧嘩してたな」
「カカシさん?」
「先生達がさ」
くつりと笑う。
甘く、懐かしい風景を思い出していた。
飽きもせず、よく喧嘩をしていた二人。花見に来てまで繰り広げられる、容赦ない物言いが小気味良かった。
「お腹に赤ん坊いたのに全然関係なくてね」
膝枕から起き上がり、軽く伸びをする。
あの情景を、ほぼ痛みもなく思い出せたのは、それだけ時間が経ったということなのだろう。
連れて来られた自分が、今は連れて来る立場になっているのだから。
「…それってナルトの事か?」
不意にかけられた声に薄く笑う。タイミングを図りかねて、つい、口を挟んだ感じである。
「そうだよ。生まれる前の話」
「シカマル。立ってないでこっちにおいで」
複雑な表情で、所在なげに俯く少年に苦笑する。
「…あ〜。カカシセンセイ」
「何?」
「将棋しねぇ?」
携帯用の、折り畳み式の将棋セットを振るシカマルに瞬きを二つ。
「…俺が勝ったら、頼みがあんですけど」
「どんな?」
「あの、さ。前、ずっと小さい時だけど。ここに連れて来てくれた事、あるっしょ?」
カカシの正面に座り、駒を配列しながら上目に窺ってくる。
それは、記憶に自信がないと言うより、誤魔化されやしないか不安、という目。
「よく憶えてたね。十年も前なのに」
思い出す、もう一つの風景。
そこに居た、八人の子供達の中の一人。忘れていると思っていたのに、どうやら憶えていたらしい。
「他の奴は憶えてねぇよ。俺は視力がはっきりしてからの事は大概憶えてるけど」
「たとえば?」
「センセイ達が対人形になってた事とか。確か、ここに来る、ずっと前。やっぱり皆居たけど。…あっと、親も居たっけか」
ケッコンシキ、だったと思う。
首を傾げながらそう続けるシカマルに、イルカは目を瞠り、カカシは笑みを深くする。
「…そりゃあ、大した記憶力だぁね」
「否定しないのな」
「必要ないからね。で、頼みは?」
わざわざ自分から言って回る気はないが、指摘されれば隠す気もない。
ましてや、憶えているとなれば尚更である。
「ナルトにかけた術。解いてくれよ」
口を尖らせて言いにくそうに告げた内容に内心、舌を巻く。流石は頭脳派、奈良家嫡男。
「他はともかく、ナルトが忘れてんの、不自然だし」
自分よりも、遥かに身近だった筈なのに、アカデミーで会った時には全然憶えてなかったナルト。
自分が、独りで嫌われ者だと信じ切っていた。…里の、解ってない大人達相手には、確かに事実でもあったけれど。でも、そうではない者もたくさん居たのに。
おかしいと思いつつ、その頃は上手く説明もできなくて、シカマルはずっと黙っていたのだ。
必死に、心を痛めながら。
それが、里ぐるみで行われた『記憶操作』の所為だと気付いたのは、下忍になって、イルカとカカシを一緒に見かけた時。薄かった記憶が、一気に色を取り戻した。
以来、ずっと、こんな機会を窺っていた。
「そりゃ、理由はあったんだろうけどよ」
それでも、言葉の裏にどこか不安が勝つのは、要求を突っぱねられるかもしれないから。
「…良いよ。勝ったらね」
安心させるように緩く笑うと、シカマルに先手を譲った。
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