鎮花


 ─────── …いつだって、目に浮かぶのは、二つの情景。






 一つは、金の髪の青年と銀の髪の女性の作る世界。
 誰よりも手間が掛かるけれど、誰よりも尊敬していた彼と、呆れる程に自分によく似た面差しをした妙齢の彼女。
 そして、当たり前のように組み込まれていた自分。
 彼らの居る空間の、心地良さが焼き付いている。




「んまい!…カカシカカシ、これ食べてご覧。すんごい美味しいよ」
「…先生。花見に来たんだから、少しは花を見ましょう」
 頬をいっぱいに膨らませて花見弁当を食べ尽くしていく師匠に、カカシが深い溜息を吐く。
 四代目火影の義務を、気前よく放棄してまで押し通した花見のクセに。
 本人は一向に花を愛でる様子はない。
 先刻から、任務の都合で不参加の代わりにと差し入れてくれた、天下の大蛇丸サマ御謹製の弁当と菓子に夢中だ。
「…諦めなさい。カヤクに情緒はないわ」
 今からでも遅くない。
 執務室に戻って山積みの書類を決済させようかと逡巡したところに氷点下の声。
 顔を上げると、カカシと同系統の顔立ちの女性が冷めた表情で薄茶を啜っていた。
「…ミズホさん、ヒドい…」
「煩い。人を騙して連れて来たクセに、文句言わないで頂戴」
 即座に箸を動かす手を止め、頬にご飯粒をつけたまま、よよと泣き崩れる四代目の頭を柳の鞭のような手が綺麗に振り抜く。
「…姉さん、騙されたの?」
「そうよ。ツメちゃん達も一緒だって聞いたから来たのに」
「…犬塚先輩は潜入捜査。他は昨日の今日で都合がつかなかったんだよ」
 ギリ、と四代目を睨む相手を宥めながら、カカシが言う。勢い余って、里一の趣味人、自来也サマ御自慢の竹茶杓を折られたら堪らない。
 …それに、少なくとも、彼は誘うだけはしたのだ。
 思いつき行動の所為で、カカシ以外、誰一人捕まらなかっただけで。
「詳しいわね、カカシ。…て、なんで妊婦が任務?安定期とは言え、過剰労働じゃないの」
「…正体がバレにくいから、くの一にはままあるんだよ。それと、従弟の職業位はお願いだから覚えて」
「私みたいな一般人から見たら、アンタはまだ子供なの」
 …生れ落ちた時点でチャクラの絶対量が足りず、ごく、一般の里人として育った彼女の意見は、普通のようで実はそうでもない。忍の里で育っていれば、どんな立場・身分でも、『忍者』に対する知識は里外の人間の比ではないのだから。
 まして、彼女はと言えば。
 幼いながらも不世出とまで言われるエリート忍者のカカシの従姉であり、且つ。
「火影夫人でしょ」
 なのだから。
「…このバカの職業は関係ないわ」
「…そのバカと子供まで作ったクセに」
「何か?」
 反射的に棗を構える彼女の手を、カカシが慌てて押さえる。…持参した茶道具は、どれも持ち主の自慢の一品なのだ。如何に弟子とその妻の所業でも、破損したら後が怖い。孫弟子としては、ある意味、必死にならざるを得ない。
「…先生達、恋愛結婚だよね?」
「「うん」」
 雲行きの怪しい気配に、何度となく繰り返した疑問を差し挟めば、間髪入れず、見事に揃った答えが返ってくる。そんな二人に脱力しつつ、頭上を振り仰ぐ。
「…桜。見ないと勿体無いよ」
 犬も食わないものを、日々、無理に食わされている身としては、話を変える事ぐらいしか出来ないし、したくない。
「そうね。喧嘩するより胎教に良さそう」
「…来年は、皆で来ようよ。赤ちゃん連れて」
「珍しく妙案ね」
「珍しくって何!」
「いつもバカだから」
「ミズホさん、ヒドい」
「…赤ちゃん、同級生が多くて良かったね。先生」
 いじける四代目に助け舟を出す。
 …これだから、『カカシは師匠に甘い』と皆に言われるのだが。
「そーだね。皆一緒だもんね。いのしかちょうでしょ、うちはに日向、犬塚!油女んトコも新婚だしね。期待できるよね」
「うわ〜。うちが一番、バカそう」
 嫌そうに頭を抱える。
「ミズホさん、それ、仮にも親の科白?」
「…親だからこそ、よ。…絶対、性格バカだわ。じゃなきゃ、貧乏くじ引き」
「…貧乏くじって…」
「はたけの一族は絶対貧乏くじを引くのよ。サクモ叔父様しかり、アンタしかり、私しかり」
「え、オレも?」
「…師匠がコイツじゃないの」
「…あぁ。姉さんも旦那さん、先生だもんね。言い得て妙」
「そうそう」
「二人して…」
 さめざめと泣く四代目を横目に、爆笑する。
「先生、これ美味しいよ」
「来年は皆で来るんでしょ」
「うん。盛大な花見にしようね!」









それは、結局叶わぬ約束だったけれど。


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