神婚


 ────────────── …恋をした




 隠しておきたい恋だった
 愛しくて切なくて甘やかで
 誰に知られる事のない
 誰に知らせる事のない
 それだけを望んだモノだった




 悔やむのはいつだって後から
 優しく気高い彼の人は
 容易く心を痛めてしまうから
 叶わぬ想いに身を焦がす
 浅ましい姿を見られたくなかった




 ただ一度の幸福
 心は偽りきれない
 身も心も要らない
 二度と誰にも触れさせない
 総ては唯一人の為に




 ──────









「…ふふ」
 湧き上がる笑みが隠せない。
 迎えに来てもらう。その特別さが心に甘い。イルカには、ずっと当たり前だった幸福。媛には、かつては望外だった僥倖。その差はあれど、どこか、眩暈がする程の甘さを二つ纏めて味わう。
「センセ?」
 不思議そうにこちらを見る彼女に、柔らかい笑みを向ける。
「どこにいるか、解るんですよ。今、里境を抜けた、とか。近付く毎に」
 呼ぶ声が、聞こえるのだ。おそらく、こちらの応えも聞こえている筈。
 そして、その度に空気が、雨が優しく揺らぐのが解る。…それはきっと、媛の両親の祝福。睦まじい娘夫婦への、寿ぎ。
 媛の影響ではなく、本当の意味で心が穏やかになっていく。
 信じている、のではなく。希んでいる、のでもなく。
 知っている。
 その事に気付けた事に感謝する。
「…里帰りは、本来期間限定ですしね」
「…そりゃまた、波乱万丈な里帰りでしたね。センセ」
 呆れた口調の雫に、声なく笑う。
「本当に」
 本当に。自分は関係なく、媛の里帰りのつもりもあった、今回の任務。問題は多々あったが、なんとかなりそうで安堵する。
 否。
 焦ったような伴侶の気配に、凄まじいまでの安心感と照れ臭さが身を包んでいくのだ。暇乞いの為に向かっている、奥の部屋への嫌悪感が全く気にならなくなるくらいに。




 嬉しい嬉しい嬉しい
 他には何も、望まない
 貴方だけが、私のすべて






─────── …敵陣到着。…センセ、開けますよ?」
「…えぇ。行きましょう」
 悪戯めいた表情に、会心の笑みを向けた。


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