「…なんつう…」
イルカの、長い昔語りを聴き終えた雫が呆然と呟く。
何故なら、その内容は大雑把とは言え大陸の歴史との齟齬がなく、また、この国で…否、今回の神事を執り行った者達の語るモノとは大きく異なっていたからだ。
「ここのバカ殿は、水の媛ってのは、木の葉の土地神…緑の君だっけ?に略奪された神だって言ってたのに」
「…雇い主をバカと言っちゃいけませんよ」
「あはは。聞かなかったコトにしてよ、センセ。どうせアンタにゃ敵と変わらないんだから」
くすりと笑うイルカに肩を竦める。
アカデミー教師の上、話の途中で差し挟んだ問いに丁寧に答えるイルカを、雫は途中から『姫』ではなく『センセ』と呼ぶ事にしたらしい。聞けば、歳もイルカの方が上。イルカとしても、呼ばれ慣れた呼称の方が楽なので特に訂正もしない。
「昔話なんて、国によって都合よく変えられる物ですから。強いて言えば、木の葉に伝わっている方が整合性が高いというだけですよ」
「そう、なんだろうけど。…だから、迎えが来るんだ」
「はい。木の葉神社における唯一の直系神官は未熟ですから、護筋の者が。都合の良い話ですが、媛の連れ合い…緑の君を降ろした者ですね」
「…アンタの旦那の」
「はい」
「…ねぇ、モリスジって何?筋って言うからには何かの一族って事だよね」
当たり前のように出された語彙に対する疑問が浮かぶ。
「…そうですね。巫女筋である『うみの』が媛に付き添った海神の一族の裔であるのと同様に、神官筋は緑君と同じ一族の裔なんですけれど」
「…眉唾かもって思うけど、凄いね」
古い家系を遡れば、人外の存在に行き着くのは仕方のない話かもしれないが。
「否定しません。所詮は言い伝えですから。護筋は、端的に言えば犬神の裔です」
「え、何?」
「先刻の話では割愛しましたが、媛の浄化で無垢に戻った妹媛の嫁ぎ先が、兄君のご友人の犬神の所だったんです」
「あ、うん」
「妹媛は二人の御子に恵まれて」
謳うように告げる。
「一人は尾が九つに分かれた狐の姿。いま一人は月の下、銀に輝く狼の姿だったと言われています」
「尾が九つって…。それ…」
「…護筋は、銀狼の裔と言われているんですよ。そして、妹媛の心のままに兄神夫婦を護るべく存在していると」
それ故に、木の葉の忍の祖とも言われている。
ある意味、生れ落ちた瞬間から木の葉を護る為だけに存在しているような一族。本人は、それを誇りにこそすれ、厭う事はないだろうけれど。
稀に、辛くなる。 伝えのままに生きている人を見続けるのは。その役を他者に譲る気は毛頭ないのに。
「…話はここまで。迎えも近付いて来たようですし」
大きく瞬きする雫に両手を挙げて示す。
「迎え?そんなの判るの?アタシには気配も掴めないのに」
「雷の音が近付いてます。避難した方が良い」
雷の音が近付く毎に身の奥から疼くような歓喜の声が聞こえる気がする。媛が夫の気配を掴んだのかもしれない。
「センセはどうするんだい?」
「暇乞いに行きます。迎えが着たので帰りますとね」
苦笑の中に悪戯な色が見え隠れするのを見ていた雫がくつりと笑う。
「ねぇセンセ。アタシも一緒してイイ?」
片手を振って部屋を囲んでいた仲間を散らす。その仕草に苦笑すると、軽く頷く。
そろそろ潮時だろう。お互いに。
「どうぞ」
「ありがと」
「でも、その前に変化は解いてくださいね」
「え」
「それから、この部屋に張ったトラップ…」
「張ったのはアタシじゃないよ」
「なら良いです。もし雫さんだったら、もう一度研修して戴くつもりでした。…ね?紅狗十二番さん」
「な…なんで…?」
「正隊も補隊も、暗部隊員のチャクラなら、全部記憶していますので」
「い…」
隠していた筈の正体を当てられ、驚いたままの相手にたたみかける。
途端、引きつった表情になるのは、補隊の者ならではの修行不足と言うべきか。正隊の者なら表面上の変化はない。
「正隊じゃなくて助かりました。あの方々は絶食を容認してくれませんからね」
「…先生…。アンタ何者」
「…真珠と言えば判ります?」
「嘘!…じ、じゃあ、旦那って…」
心的衝撃のあまりの強さに、無意識に変化を解いた雫が目を見開き、その場にへなへなと座り込む。
「銀隊長…」
がっくりうなだれる様子が妙にアカデミーの子供達を思い出させる所為か、つい笑みを誘われてしまう。
「…さ、早く行きましょ?神様が絡むと、帰るのにも色々と手間が掛かるんですよ」
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