神婚


 周囲を固め始めた敵意のある気配に気をやりながら、言葉を結ぶ。
 ずっと、牽制の意を込めて通る声で説明していたのに、どうやら無為に終わったらしい。
「…カカシ」
「話、聴いてなかったのかねぇ。媛と離されて、土地神が怒ってるって、言ってるんだけど」
「関係ないと思ってんだろ。ったく、面倒くせぇな」
 足を止め、軽く構えながら二人揃って溜息を吐く。
 ちらりと横を見ると、チャクラを練ってもいないのに、既に放電を始めているカカシが居た。
「悪いけど、その身に神が降りているのは、巫女だけじゃないんだぁよ。誰が新年神事を執ったと思ってんの」
「…え」
 不機嫌に吐き捨てる言葉を聞き咎める。
 今、カカシは、誰もが失念していた事実を言ったのではないだろうか。
「土地神が降りてなきゃ、媛が降りてる訳ないじゃない」
 仮にも木の葉の神様よ、この二神は。
 そう続け、冷笑を浮かべるカカシに納得する。
 元々、先方がイルカを…巫女筋の者を招いた発端は新年神事だ。それが木の葉の神事である以上、主神を差し置いて媛だけが降臨している訳がないのだ。
 当然、主神である土地神も降臨している筈で。
 その憑坐はと言えば、カカシだったのである。
「成程」
 歳旦祭の折の、カカシによる見事な舞が頭を過ぎる。
 では、この男はその身の内に神を宿したまま動いていたという事か。イルカが、その内に水の媛を依せたままこの国の神事に呼ばれたのと同様に。
 そしてそれが、他の誰でもなく、カカシがここまで出向いた直接の理由。
 予定期限を過ぎて、尚も戻れない媛を迎えに行くにも何か一手間必要なのだろう。
「…媛が居なくて、かなり苛立ってるみたいなんだよね。お蔭で帯電が凄いんだけど」
 雷切の時の、千鳥の囀りを遥かに超えて、パリパリ鳴る掌に背筋が寒くなる。
 必要なら、天変地異も起こせそうだ。
 事実、遠雷を背にするカカシは、躯中に青白い光を帯び始めている。そういえば、土地神は光の…雷の属性とか言っていた。雷遁を能くするカカシとは相性が良い筈だ。
 ましてや、カカシの過剰とも言える愛妻家ぶりは、未だ会わせて貰えてないとはいえ、よく知っている。
 恋女房と引き離された土地神と、心情的にシンクロしてしまうのだろう。
 俄かに薄暗くなっていく天候を窺いつつ、納得する。
「アスマ」
「おう」
「ここ引き受けるから、国主の所に行って。国と一大名、天秤にかけて貰って」
「…面倒くせぇな。考えるまでもねぇだろうに」
 短くなった煙草を弾き、喉の奥で笑う。国主の返答なぞ、聞かなくても判りそうなモノだ。
 たかが巫女一人の為に、国を滅ぼしたくはないだろう。それを望む程、暗愚ではなかったと記憶している。
 それに、アスマ自身、ここで神の領域の業を見ているより、国主相手の方が気が楽だ。如何に見物と言われても、苛立ち、怒りに任せた神の力なぞに関わりたくはない。
 事によったらあの、九尾の事件より酷い状態になるのが想像に難くないのだ。
「そう思うよ」
 じわりと狭まってくる円を、チャクラで軽くいなして肩を竦める。
「まぁ、良いさ。カカシ、正面に穴開けろ。行ってやる」
「了解」
 手刀一閃。
 刹那、一条の雷が目の前に落ちる。耳を劈く轟音に眉をしかめるものの、機を誤る事なく地を蹴る。
 僅かな隙をみて背後に目を遣ると、視たことのない筈の土地神が、既知の友人に重なって見えた気がした。


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