神婚


「何よ、勝手について来といて、そういう事言う?」
「うるせぇよ。いくらあのナルトの元担任だからって、たかが中忍一人の為に里が一国と事を構えるかもしれねぇ、なんて聞いて放っておけるか」
 里を出てすぐあたりから、一定距離を保ってついてくるアスマにカカシが溜息を吐く。跳ぶ速度を上げて置き去りにするのは容易いが、目的地を知られているだけに後が面倒だ。
 仕方なく、アスマに併せて若干速度を緩めると、説明の為に口を開く。
「じゃ、説明するから。まず、神にも一族があった事からね。基本の五柱。
 空に住まう風。海に住まう水。岩覆う大地。焔に光。
 まぁ、チャクラの質と同じと考えて良い。
 その中で、空の神が海の神と恋に落ちた。そして、生まれたもうたのが娘神…つまり水の媛。そこまでは良い?」
「あぁ」
「続けるよ。え〜と、空の神には親友が居たんだけど、それが光の神。ま!雷様だぁね。
 で、その光の神は諸事情で好いた相手ではない妻を迎えたんだそうだ。それはさて置き、彼には息子が居てね。
 それが、木の葉の土地神。
 光の神の御子だから、本質は光なんだけど、これまた諸事情で木の葉に括られててね。その辺は割愛するけど」
「おう」
 端から、神話の枝葉末節には興味がない。
 必要なのは、里が、小国とはいえ、一国を敵に回しても人一人を奪還しようとする、その事情。
「それで、水の媛と土地神はね、親同士が親友だった所為か、幼い頃から仲が良くて。殊に水の媛は、ずっと相手に淡い想いを寄せていたそうだ。もっとも、土地神の方も憎からず想っていたみたい。筒井筒ってヤツだ。
 …でも、話は簡単にはいかない。
 元から恋愛結婚だった空と海の神は娘の恋路に肯定的だったけど、光の神の方がね。慣習として、近しい一族から妻を迎えなければならなかったんだ。
 実際、光の神もそうしてるから。
 それでも、土地神の歳に合う女神が一族にいなければ良かったんだろう。
 居たのが不幸の始まりでね。…土地神には、さ。妹媛が居たんだよ」
「妹?神に近親婚が多いのはよくある話だが…。これまたストレートだな」
 数の問題が基本なのだろうが、どの国の神話でも近親婚を取り扱っている物は多い。しかし、ここまで明け透けに言われるのは滅多にないような気がする。
 普通は、隠喩や暗喩でその事実を悟らせないようにするモノだ。まぁ、説明者たるカカシの性格の所為でこうなってるとも言えるが。
 判り易くて良いと言う事にしてしまう。
「うん。土地神の妻は妹媛。それは変えられない事実で。
 当然の事ながら、それを知っていた水の媛は身を引いた。
 予てより求婚してきていた相手に嫁ぐ事を決めたんだ。下手に想いを覚られるのを嫌がったんだろう。
 土地神はその手の事に鈍感だったそうだから。
 だから、何も言わず消えようとした。
 聡明で潔い性格、そのままに。
 にも関わらず、引けなかったのは土地神。
 ここで別れたら、互いに伴侶を持たされて二度と会えないという夜。焦がれる想いを遂げてしまう」
 手が届かなくなって、初めて知れる心。
 積み重ねてきたものがあまりにも大きく、気付いた時には手遅れな、その心情。
「略奪って事か?」
「否。まだお互いに婚礼の前だからね。倫理的には問題があったかもしれないけれど、そこまでは言えないと思うよ。裏切り行為、と言われたらそこまでかもしれないけど。
 …元々は、水の媛に頼み事があったんだよ。幼馴染の気安さに、知恵を借りようとね」
「何で」
「統べる土地に厄災が降りかかっていたんだ。簡単に言えば疫病。媛は、海の神から浄化能力を受け継いでいたから。
 何より、土地神と媛が何より慈しんでいた妹媛がその疫病に侵されていたから」
「妹媛ってのは恋敵じゃなかったのかよ」
「二人にしてみれば、妹媛はあくまで妹だったんだぁよ。可愛くて、護るべき…ね。まぁ、問題を抱えてはいたけれど、心には逆らえなかったんでしょ」
 視線一つで想いは知れる。
 閉じていた心に、想いは容易く亀裂を入れる。
 程度の差はあれ、誰でも経験はあるだろう、感情。神と呼ばれる存在なら、その純粋さは計り知れない。
「…解らなくはねぇが…。なんとも人間くさいな」
「そんなモンでしょーよ。神話なんて。
 とにかく、封じる筈の想いが叶ってしまった媛はね、もう、真情を偽れなくて。代わりに、その身を賭して大地を浄化したんだよ」
「それは、木の葉神社の縁起にある慈雨か?」
 不意に思い出した神社縁起を口に乗せる。
「そう。嫁入りの際に降らせたという慈雨ね。
 その実は媛の命そのものだった訳だけど。土地神が寝入っている隙にね、その身、その命と引き換えに全ての厄災を水に流したんだ」
 一夜の代償にその身を差し出して。
 同じ立場なら、同じ行動をしそうな人物が、反射的に脳裏に浮かぶ。想像したくもなくて、頭を一振りして、続きを口にした。
「つまりね、一度は死んでるの。水の媛は。
 バリバリの悲恋だった訳よ、木の葉神社の縁起はね」
「一度死んだ…って、復活したのか?」
「したよ。失意の淵の土地神が、狂気と背中合わせの状態で。
 無垢に戻った妹媛を懐に納め、その無事を媛に伝えながら、散った後も隠れようとする媛を一滴一滴、一粒と残さず、何百の年月をかけて集めなおしてね」
 死と再生は神話の常、だけれど。
 不思議とこの話を知る者はほとんどいない。事実、十二忍と呼ばれる、宗教色の強い立場に身を置いているこの男ですらも知らなかった訳だから。
 何にしても。
 どれだけの想いを抱えて、独り、気の遠くなる歳月を過ごしたのか。
 真実か否かは別として、それに近しい事はあったのだろう。
 木の葉の神事を与る者達の感慨はそこに集約される。
 それ故に。











「…だから、木の葉には意に副わぬ婚姻は存在しない。
 そして、二度と媛を土地神から引き離したりしないんだ。
 その為なら他国一つの盛衰なんぞ物の数じゃない」


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