「…で、お前自身は何やってるんだい」
「先生の溜め込んだ書類の決裁」
本来、火影が座って居なければならない筈の執務机に向かい、物凄いスピードで手と目を動かすカカシに、たまたま訪れた綱手が呆れた声をかける。
「急ぎのは辛うじて終わらせてたみたいだけど。オレがいない間の分、全部残ってるし」
「だからってお前さんがやる事かい?」
「…だって。どうせ先生に報告するまで休めないし。同じ起きてるならと思って」
「…なんだかねぇ…」
返事をしつつも手だけは休めないカカシに肩を竦めると、側にあった椅子を引っ張り出して座る。
「…そろそろ、先生も帰ってくるでしょ。暗部全隊総動員してるから。うっとうしいもんね」
「…捕まって、とは思わないんだね」
「無駄に火影サマだから」
飛び抜けた実力者だけに、本気を出せば暗部から逃げ切る事は可能だろうが、後から後から湧き出る隊員達に辟易して戻ってくるに違いない。まして、暗部総動員の主原因…つまり命令者が判らない訳がない。苦情を言う為にも、必ず戻って来る筈である。
そこを取り押さえれば良い。
「…そうこう言う内に戻って来たみたいだね」
「…カツユ貸してよ」
「好きにおし」
気配を欠片も消す事なく、バタバタと近付いて来る存在に、顔を見合わせると深々と溜息を吐いた。
気配くらい、消せば良いのに。
「…っ、カカシ!何で暗部を…!」
「────────────── …カツユ」
派手派手しい音と共に突入してきた四代目の頭上から、半分以下の大きさにしたカツユを落とす。
「ぐぇっ」
右腕と頭のみを残して、カツユに包まれるように押し潰された四代目の前にゆっくりと近付く。目の前でぴたりと止まると、しゃがんで視線を合わせ、にっこりと笑った。
「ただーいま、先生。滞りなく任務完遂。…報告しましたよ」
「…お帰り、カカシ。怪我はない?」
「お蔭様で」
笑顔のまま、冷え切った殺気を垂れ流す弟子に、冷や汗を流しながら応える。怒っていたのは自分の筈だったが、何故か雲行きが怪しい。
「…カカシ、カツユ退けて…」
「書類、終わったらね」
言いながら一旦側を離れ、執務机に戻り、四代目の前で再び仁王立ち状態になったカカシの腕に数多の書類が抱えられてるのを見て、顔色を変える。
「───── …あ」
「言ったよね?任務に出る時、『書類は溜めない』『執務室から逃げない』『暗部にも三代目にも迷惑かけない』って」
「…最後のは俺じゃなくってカカシが…」
「問答無用!」
言い訳をピシャリと切り捨てると、垂れ目が釣り目になる勢いでまくし立てる。
「良いですか!先生は間違ってても火影なんですからね!決裁義務のある書類の数は半端じゃないんですよ!まったく、やり出せばすぐ出来るクセに、何で溜めるの!緊急書類だけやれば良いってモンじゃないんですよ!暗部の皆やじっちゃん達に迷惑かけちゃいけませんって、何度言ったら解るんですか!先生がサボる度に捜索するのだって、時間も労力も掛かるし、本来なら人件費だって掛かるんですからね!里の財政状況知ってるのに、何でそーいう無駄遣いするの!皆が無償奉仕を名乗り出てくれなかったら、先生の捜索だけで里は潰れますよ!判ってんの、先生!」
「…あ、あのねカカシ…」
「返事!」
「はい!すみません!」
「…じゃ、先生。この書類、全部終わらせてね。そしたらカツユ退かしてあげる」
どさどさどさ。
床に面したまま固定されている四代目の前に、容赦なく書類を重ねていく。それでも、カカシが一度目を通して、四代目はサインするだけで良いモノばかりである。何を言っても師匠に甘い弟子に、綱手と覗いている暗部隊員達が苦笑する。
「えー!手伝ってよ、カカシぃ」
「…先生、オレ、一週間近く不眠不休なんだけど」
「…あ、そうだよね!うん。じゃあさ、まずは一緒に一楽行って、ラーメン食べて、ゆっくり睡眠とって、それから二人で処理しよ」
嬉しそうに代替案を出してくる相手に、カカシの殺気が膨れ上がる。四代目を追って執務室まで来た隊員達は、その尋常でない殺気とチャクラにそそくさと避難を終え、網手も執務机周辺に結界を張りながらカカシと四代目の応酬を眺めている。
「ね?良い案でしょ?」
にこにこ言い募る四代目を、殺意の篭った目で見下ろし、深く息を吸い込む。
「…火影の仕事くらい、自分でやりやがれぇぇ!」
既に風物詩となりかけた、火影執務室からの怒号が里に響き渡った。
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