──────────── …あれは確か、カカシが中忍になって間もない頃の日常、だった筈である。
「カカシ。腹減らない?」
「食料はもうないよ、先生」
人通りの少ない、山道沿いの樹の上。某国の密書を持った敵忍が通り掛るのを待ちながらの会話。
「え?だってあんなに…」
「先生が食べちゃったでしょ」
暇潰し半分に読んでいた忍術書から視線を上げる。目の前には、退屈極まりないという表情を隠しもしない、師匠である筈の、若い上忍。
「そーだっけ」
「そーだよ。オレのおにぎりも兵糧丸も先生が食べた」
敵が来るまで暇だから。
ただ、それだけの理由で、暇潰しに手持ちの食料を空にしてくれた師匠に冷ややかな視線をくれる。
優に二週間分は用意した筈の二人分の食料を、たった二日足らずで食べ尽くされては、もう、言葉も出ない。
「ないって聞いたらますます腹減った」
「我慢」
ぴしゃりと言い切ると、再び本に視線を落とす。待機解除になるまで、この先どの位かかるか判らない上に、食料の全くない、この状況。機嫌はかなり下降気味ではあったが、下手に喧嘩を吹っかけて、無駄な体力は使いたくなかった。
「…なんかカカシ、棘ない?」
「別に」
冷ややかに過ぎる反応に疑問を持ったらしい。
確かに、カカシの機嫌はいつもより悪い。それ故、師匠兼上司に応じる声は非常に冷たい。
「あるよ、絶対。もしかしてカカシの分まで食ったから?」
「…別に」
「だよねぇ。いつもは怒らないもんね」
「兵糧丸だけならね」
暇潰しだの、食べ盛りだの。
何やかやと理由をつけては手持ちの食料を平らげていくのは、この師匠の常で。カカシとしては、いい加減文句を言う気力も湧かない。
「え?」
「おにぎりの恨みは怖いからね。覚えといて先生。文句も言ってたし」
溜息と共に機嫌の悪い理由を教えてやる。
「え?だってアレ、味も形も微妙…」
「その微妙をすっごく、楽しみにしてたの」
カカシが持参した、型崩れも激しく、味も今ひとつなおにぎりを思い出したのだろう。表現に気を使いながら呟くと、じろりと中々の迫力で睨む弟子。
…当時六歳。
「へ。いや、かなり微妙だったよ?カカシが作った割には…」
「作ったの、オレじゃないから」
「え」
若年とは言え、かなり器用に料理を作るカカシにしては、失敗作としか言い様のない代物。それを楽しみにしていたとは。
首を捻る師匠に、あっさりと事実を告げる。
「イルカがね、眠い目を擦りながら作ってくれたの。それも、初めてね」
「う」
出した名前に硬直するのを横目に、パタンと忍術書を閉じる。
早朝、両親すらも巻き込んで早起きをし、小さな手で必死に握っていた姿を思い出す。
形はぐちゃぐちゃ。中身ははみ出。
それでも、一生懸命、心を篭めて作ってくれたのだ。食べるのを本当に楽しみにしていたのに。
まさか、カカシが偵察に出ている隙に、米一粒も残さず、綺麗に無くなっているとは。
尚且つ、その幼い心尽くしを『微妙な味』等と無邪気な顔で評されては。
以降、静かに深く怒っていたのだが、予測通り気付いていなかったらしい。
「まぁね。イルカはきっと許してくれるだろうけど。…食べたかったんだぁよねぇ」
どんな味でも、絶対に美味しかったと言いたかったのだ。だが、一口たりと食べられなかったのだから、それは出来ない。
正直に話せば、あの幼くも可愛い婚約者は許してくれるのは判っている。判ってはいるが、腹が立つのは止められない。
…まぁ、たかだか六歳の子供に、常に寛大な気持ちでいろという方が、どだい無理な話である。
ましてや、子供らしい欲と無縁のカカシが唯一執着している可愛い可愛いお姫様が原因とあらば。
能天気な青年師匠と言えど、顔色が悪くなっていくのも仕方がないだろう。
「…あ!ほら、カカシ!標的が来たよ」
目を泳がせたついでに、予定よりかなり早く現れてくれた敵を都合よく発見し、話題を変える為にも陽気に指差す。
「…誤魔化すな」
ご都合主義的に悪運の強過ぎる相手を殺気付で睨みつけ、それでも真面目に体勢を整える。
「さあ!食料強奪ついでに密書の奪還だ!」
「えぇい!第一目的を違えるな!食料は二の次だよ!…ってか、待ってってば、先生!」
作戦も何もなく、渡りに船とばかりに喜々として敵のど真ん中に躍り出る師匠を慌てて追う。
尤も、戦闘能力だけなら木の葉の里の中でもトップクラスの彼の事、「木ノ葉の黄色い閃光」の二つ名に恥じぬその身のこなし故に、負傷の心配だけは全くない。
ただ、悲しいかな、本来の任務目的をさっくりと忘れてくれるだけである。
「…よし!帰りの食料ゲット!」
「…違う!」
追い剥ぎよろしく、敵忍の残骸から根こそぎ食料を奪い取り、浮かれる師匠にいつも通り、律儀な突っ込みを入れつつ、本来の目的である密書を捜す。数・内容共、正しいのを確認すると、漸く息を吐いた。
「…先生、数合ってたんで任務完りょ…。…先生!」
「ん?」
「どこ行く気?」
「え?里に帰ろうと思ってさぁ」
「…里はあっち!」
里とは真逆の方向へと進みかけた相手の首根っこを掴み、呆れた溜息と共に正しい方向を示した。
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