第弐話 沛雨
風が渡り始める。
漆黒の雲が月を隠す。
一つ、二つと落ち出した雫が、匂いを消す。
「恵みの雨か否か」
落とされる呟きに眉を寄せる。
負傷者を抱え、周囲は仲間を遥かに上回る数の敵。
冷えゆく躯を温めるものは何もなく、闇は音もなく迫り来る。
状況を利するは敵か味方か。
殺した吐息が耳に残る。
脳裏を掠る、涙雨。
「…負傷者を担げ。殿は俺がやる」
無言の指示に仲間が頷くのを確認し、気を満たす。
「ここから、一歩も進ませやしなーいよ」
そう、決して。
自分を違えたりしないから。
敵を前に、味方を後ろに嗤ってのける。
覆う闇を。
濡れる大地を。
巻き上がる葉を。
弄る空気を。
この身の支配下に置いてみせよう。
「泣くな」
隠れて。
「泣くな」
独りで。
「泣くな」
傍に居る時以外。
「待ってて」
今、すぐに帰るから。
募る想いは唯一人へと向かう。
手の中の囀りを威圧に変え。
馴染む刃を握り直し、僅かの煌きを操る。
常に。
深淵の闇を切り裂き、戦うのは里の為。
深紅の雨の中、身を晒すのは仲間の為。
裂風に立ち向かい、生き残るのは君が為。
夜の内に。
夜が明ける前に。
総ての片を付けるから。
どうか。
泣き止む前に抱き締めさせて。
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