「お疲れさん。明日は休み。明後日、絵日記提出な」
木の葉の里、大門。
直前で変化を解いた子供たちを労い、今後の予定を伝えると解散させる。ぱ、と散らばって駆け出す姿からは何の問題も見出せず、現状では切り替えが上手くいっていると思って良い。この先どう転ぶかは…流石にカカシでも予測がつかない。
それよりも、気掛かりは別にあった。
「我々も戻りましょうか」
「あ。はい」
振り向いて声をかければ、淡い微笑。
里に近づく程に憂いを滲ませ始めたその笑みが気になるが、取り立てて問い詰める事なく、背を向けた。
「…」
ゆったりと歩き出したカカシの背を追いながら、小さく息を漏らす。広い背中は気遣いに溢れていたものの、問わないで居てくれる事に感謝する。
これは、自分の我侭なのだ。
故に、尋かれても答える訳にはいかない。今一度息を吐くと、俯いたまま後を付いていく。人通りを避け、遠回りしてくれる優しさに、密やかな笑みを漏らす。
そして。
枝分かれした道でぴたり、と足が止まる。
「…あ…」
戸惑った声をあげたイルカにカカシも歩みを止め、振り返る。
「イルカ先生?」
「な、何でも…」
慌てて歩き出そうとするが、足は意に反して動かない。その理由は痛い程判っているが、それを表に出す訳にはいかず、困惑してしまう。
「イルカ」
俯き、唇を噛み締めたイルカに柔らかい声が落ちてくる。
「帰ろう?」
その言葉に躯が強張る。
判っているのだ。
別の家に帰らなければいけないのは。
でも、足は動かない。
「…ゃ…」
零れ落ちた本音と共に、小さく首を振れば苦笑が聞こえる。困らせるのは判りきっているのに、心が軋んで仕方がない。
三代目の悪戯に、気安く応じたのは自分なのに。甘過ぎた、幸せ過ぎた日常を下手に体感してしまっただけに、罠にかかったように身動きが取れなくなっている。
「帰ろうよ。うちに。手、繋いで」
抱いてっても良いよ。
「え?」
耳許で続けられた囁きに、慌てて顔を上げると、甘い微笑。
「帰ろう。同じ家に。一緒に」
「カカシ、さん?」
「も、限界。同じ里に居るのに違う場所なんて、無理」
笑いながら抱え込む腕に、必死に縋り付く。
「イルカは?」
「…貴方の帰って来ない部屋は、嫌」
促されるままに隠していた本音を吐露する。
居ないのと留守は全く違う。特別演習と言う名で施された三代目の策略に、長く、ぎりぎりの我慢を強いられていた二人が抗える筈がない。
同じ家に帰りたいと、その思いに。
それすらも読んでいたのに、敢えて策略に掛かったカカシと、それすらも策の内に入れていた三代目。これはもう、当然の帰結。カカシの腕に、薄く力が篭る。
「でも、良いの?困らない?」
暗部だから。
ビンゴブックに載っているから。
ナルトの関係者だから。
様々な理由でずっと離れて生活していたのだ。いくら望んでいた事であっても、カカシの負担になるなら我慢しなければならない。イルカの意を汲んで叶えてくれようとするカカシに、不安の目を向ける。
「言ったでしょ。俺が限界。だから帰ろう?」
十年ぶりに二人で。
声にならない囁きに、漸く笑顔が灯る。
「それに、アパートに行ってもイルカの部屋ないよ。アンコ達に言って撤収させちゃったから」
「…カカシさん」
額をくっ付け、悪戯っぽい笑顔を向ける相手に、呆れ半分、一瞬目を見開いて。
「んー?」
「大好き」
「当り前でしょ」
差し出された手に自分のをそっと重ねると、しっかりと握り返された。
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