家族旅行


「…」
 里から出て二日。困りきった表情で力なく最後尾を歩いている少年二人をこっそりと窺い、それから、のんびりと前を歩く大人二人の背中を眺め、サクラは小さく溜息を吐いた。
 ナルトとサスケ。この二人が困ってるのは凄くよく判る。それはもう、可哀想になってしまうくらい。ただ、何故ここまで困っているのかは、微妙に理解出来ない。
 ただの演習なのに。
 何故そこまで照れなくちゃならないのか。
 サクラ自身は近所の同級生という設定のお蔭で呼び方を変えなくて済んでいる所為か、どうしても実感出来ない。首を傾げると、前を行くイルカの腕に縋りついた。
「イルカ先生」
「何?」
「ん〜。サスケくんとナルトね、何であんなに緊張するのかなぁ?」
 ひっぱり気味に縋ると、イルカの体が軽く傾く。近くなった耳にこっそり囁く。
「…あぁ、呼び方?」
「うん。サスケくんはともかく、ナルトは絶対、喜んで連呼すると思ってたのに」
 特にイルカの事を。
 アカデミー時代から母子みたいだと揶揄われ、本人だって照れながら『母ちゃんみたい』と言っていたのに。演技・演習とはいえ、堂々と呼べるチャンスだと思うのに、何故なんだろうか。
「慣れてないから、かな」
 後ろの二人をちらりと見遣り、思案気味にイルカが言う。
「二人共、親がいないのが当り前だし。もう、下忍だから一人前だと思ってるしね」
 親を恋しがる歳じゃないと思っているのだ。…そんなモノに年齢など関係ないのに。
「そんなもんなのかなー」
 今一つ納得いかないと言う風情のサクラにくすりと笑う。
「それに、知らない人相手の演技ならともかく、よく知った相手だからね」
 イルカもカカシも、二人のとても親くに居るから。互いに性格もよく知っているから。照れ臭さは並み大抵じゃないのだろう。
「それは判る…かな。私もイルカ先生をお母さんって呼べなんて言われたら照れちゃうかも」
 やっと合点がいったのかクスクス笑う。
 確かに、身近過ぎる相手では緊張もするだろう。演習だから、先生だから…とは思ってみても、あり得ないと思いつつ、後から揶揄われるかも、と思っているのかもしれない。
「でも、カカシ先生も悪いわよね?」
「何で?」
「呼ばなきゃ無視!…はともかく、呼ばれた時、あんなに優しい顔するんだもん」
 呼び方を間違えた時の見事な無視っぷりも凄いのだが、それ以上に、設定通りに呼ばれた時の表情。それがまた見事、としか言いようがない。
 全員が忍服じゃない私服の所為で、子供達が未だ慣れない素顔を晒したまま、それはそれは優しく微笑うのだ。その度、真っ赤になる二人の反応を楽しんでいるのか、視線を合わせて更に優しく笑うのに、他人事ながら同情してしまう。
「…嬉しいんでしょ」
「嬉しい?…なんで?普通の男の人って嫌がるって聞いたけど」
「さぁね」
 不思議思って見上げてみても、にっこり笑うイルカの表情からは答えは読み取れない。大いに首を傾げると、仕方なくターゲットを本人へ移す。
「カカシ先生!」
「ん〜?」
「…先生、私にもパパって呼んで欲しい?」
 悪戯心たっぷりで訊いてみる。今回のサクラは免れたが、そういう設定だってあり得るのだ。興味がない訳ではない。
「…ん〜」
 サクラの心境を見透かしたのかどうか。にぃ、と意味ありげに笑うとサクラにこっそり耳打ちする。
「…え?え、嘘!やだ!カカシ先生ったら!」
 一瞬立ち止まり、顔を首まで真っ赤に染めると、手加減なしでカカシの背中を引っ叩いた。
「…いーい殴りっぷりで」
 真っ赤になった顔をそのままに、ナルトとサスケの方に走っていくサクラに苦笑する。
「…なんて言ったんです?」
「『十年後位にお義父様って呼んで』」
 興味深そうに問うイルカに肩を竦める。半分冗談で半分本気の言葉。
「…同じ科白、二十年前に言われました」
「…そりゃま、父子だからね」


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