家族旅行


「へ」
「へ。とは何よ、へ、とは」
「だってカカシ先生、そんな演習初めてよ?」
 目を真ん丸く見開いている子供達に無表情に返す。どうやら、何も教えずに食事を終わらせたのは正解だったようだ。三人の反応から見ると、先に告げていたら食事どころではなかっただろう。
「…別に、フツーの演習だよ」
 ぺらっと火影特製の演習資料を持ち上げると、子供達に向けて差し出す。
「…普通、じゃないだろう」
「内容は、確かに普通の潜入捜査っぽい演習だけど…」
「これ、絶対変だってばよ」
 頭をつき合わせて三人が資料を覗き込む。
 おそらく、演習がある事自体に疑問は持っていないだろう。疑問があるとすれば、その、設定。
「どこが?演習とはいえ潜入なんだから、身分詐称はアタリマエ」
「そりゃ、そうかもしれないけど」
「…問題があると思うが」
「カカシ先生、変だって思わなかったのかよ」
「…火影サマ直々のお達しなのよ。繊細なチャクラコントロールを身につけろってね」
 変だとか言う以前の問題だと言う事を言外に子供達に伝える。ついでに深い溜息を吐いてみせると、納得したのかそれぞれに複雑な表情を見せる。
「…チャクラコントロールって、何をするんだってばよ?」
「…資料見る限りじゃ姿変えじゃない?」
「…確かに、年齢からして違ってるしな」
 微妙に機嫌のよろしくない上司を横目で窺いながら話しだす。基本的にポーカーフェイスのカカシのこと、どこまでが本気の機嫌なのかは判らなかったが、こういう表情をしている時は、まずは自分達で考えてみるのが鉄則だった。
「んじゃ、どんな風にすれば良いんだってばよ?」
「ええっと…。資料の設定だと、まず、年齢が八歳よね。…で、サスケくんとナルトが兄弟じゃない?」
 サクラが代表になって資料に目を通しながら子供達の話し合いは進んでいく。それを眺めながら、大人二人が顔を見合わせて肩を竦める。切り替えが早く、一所懸命に現実に対処しようとする姿勢が微笑ましい。
「…ちゃんとよく読んだ?兄弟ってだけじゃダメだよ?」
 くすりと笑いながらイルカが指摘する。さり気なく指で示したのは『大人』の方の資料。
「こっちも踏まえて考えないと」
「あ、そっか。この設定だと、カカシ先生がお父さんでイルカ先生がお母さんだもんね」
「…さ、サクラちゃん…」
「…それは…」
 どこか楽しそうに頷くサクラに、ナルトとサスケが沈没する。その顔がなんとなく紅潮して見えたのは、気の所為だろうか。
「…じゃあ、まず、髪の色は黒…よね?ね、カカシ先生」
「…正解。まぁ、今から見本見せるから、それを参考にするように。サクラはそのまま子供に変化すれば良い。サイズは、三人共アカデミーの身体計測の資料があるから。…で、まずはサスケ」
 言いながら、カカシがその場でサスケに変化する。現在のサスケより少し小振りで、尚且つなんとなくカカシに似ている。
「うわー。サスケなのに、カカシ先生に似てるってばよ。カカシ先生、失敗?」
「バカね。親子って設定なんだから、わざと似せて変化してるのよ。成程ねー」
 ナルトの発言に対するサクラの突っ込みに苦笑しながらもサスケの正面に立ってやる。
「サスケは比較的俺と輪郭が似てるからこんな感じだ。良いか?」
「…あぁ。こうか?」
 カカシの変化を参考にしながら自身も試してみる。同じ顔が並んだところで、カカシが変化を解いた。
「ま、そんなもんだろ。じゃ、次、ナルト」
 言い置いて、次はナルトに変化する。
「…髪、黒いってばよ?」
 サスケより淡い感じのする黒髪で、顔立ちを少しイルカに似せたナルトの姿に、本物が首を傾げる。
「…俺が銀髪でイルカ先生が黒髪なのに、金髪は変なんだよ」
 苦笑気味に告げるとそんなものかと納得し、練習を始める。遺伝学上の問題とか、優性遺伝の法則とか、そんなものを説明するだけ無駄な気がする所為か、カカシの目の端に、溜息を吐いてナルトから目を逸らすイルカとサクラの姿が掠めた。


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