「…ったく。三代目も何を考えてるんだか…」
ぶつぶつと文句を言いながらアカデミーの職員室へと向かう。
三代目から上機嫌で渡された特別演習の内容を読めば読む程、頭痛がしてくる気がする。職員室の前まで来ると、大きく溜息を吐いて、からりと戸を開けた。
「…あ〜。すいません。イルカ先生いらっしゃいます?」
「…カカシ先生!」
のんびりとした声を中へ向けると、室内に残っていた職員全員が一斉にカカシの方を向く。いい加減、注目される事自体は慣れているが、この反応はいつまで経っても好きになれない。慌てたように駆け寄ってくるイルカに、微かに安堵の表情を浮かべ、手元の書類を振ってみせる。
「すいませんねぇ。お仕事中に。これ、火影様から何か聞いてません?」
「…あぁ!明後日からの演習の件ですね?」
書類をちらりと見たイルカがくすくす笑う。予想通り、カカシに言い出す前にイルカへ話を通していたらしい三代目に、内心溜息を吐く。
「ご存知なら話が早い。ちょっと打ち合わせたい事もありますし、今日はお時間取れますかねぇ」
ポーカーフェイスを崩す事なく告げ、反応を見る。そんなカカシの内心などお見通しなのだろう、後ろの同僚達に気付かせない程度にイルカの目許が笑っている。
「はい。今日は定時で上がりますから。大丈夫ですよ」
「助かります。…じゃ、場所どうしましょうか。子供達も居るとなると居酒屋や料亭って訳にもいかないし…」
打ち合わせ場所を言おうとして言葉が止まる。
別に、里に幾つかあるカカシの家でも構わないのだが、それぞれに微妙な問題があり、子供達を呼ぶのには躊躇してしまう。だからと言って、子供達の入れそうな店では誰の耳があるか知れず(演習の為、聞かれて困る訳ではないが、その辺の配慮も子供達への教育の一環である)、逆にカカシの行くような店に子供達を連れて行くのも憚られる。
「…良かったら、うちにいらっしゃいませんか?うちなら子供達も知ってますし、夕食くらいならお出し出来ますよ」
考え込んでしまったカカシに助け舟を出すように提案する。
カカシの持ち家ではなく、イルカのアパートであれば、何の問題もない。実は、カカシの家が使えない理由はそこにある。
カカシの家は、上忍専用アパートの部屋以外、当たり前にイルカの手が入り過ぎている。ナルト一人なら兎も角、その手の事に異常に敏いサクラを連れて行くのは、何を言われるか判らないだけに流石に怖い。逆に、アパートの方は仮眠専用になっている為、生活感がなさ過ぎてこれもまた子供達に見せるのは問題がある。
「それはご迷惑なんじゃ…」
「とんでもない。これから暫くご一緒するんですし。…とは言っても、大した物は作れないので、カカシ先生のお口に合うか判りませんけど」
慌てて遠慮するカカシににっこり笑う。口先だけの遠慮に噴出してしまいそうになるのは辛うじて堪えて。
「口の方を合わせますよ。でも、合わせる必要もないかな?以前に食べさせて戴いたのは凄く美味かったですから」
「─────────── …そんな事仰ると本気にしますよ」
笑いを堪えているのに気付かれていたのだろう。仕返しとばかりに、にんまりと目を細めながら歯の浮くような事を言うカカシに咄嗟に言葉が出ず、応えた時には頬が薄く染まった。
「本当の事で〜すよ。じゃあ、お言葉に甘えて。何時頃が良いですか?」
「あ。十七時頃上がりますので…」
「あぁ。じゃ、その頃お迎えに上がりますよ。ここで待っててくださいね」
赤みを差した頬をぺちぺちと叩くイルカに笑いかけ、手を振って立ち去る。そのゆったりした動作を見送って、これから始まるだろう質問攻めに備えて後ろに判らないように深呼吸を一つすると、自分も席に戻った。
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