「…ねぇねぇカカシさん。ぎしきってなあに?」
お菓子の皿をオレの分までしっかり空にした(どうせオレは食べないから構わないんだけど)イルカが、漸く疑問を持ったのか、オレの裾を引っ張る。
…そういうのは親かアカデミーの先生に聞け…とか思うものの、何とか顔に出さずに済ませた。
…まぁね。大人たちにはバレてるかもだけど。イルカにバレなきゃいーの。
「…中忍になったら、絶対やんなきゃいけない儀式があるの。…というより、忍になるんだったら、絶対避けられないんだけどね」
大人達の心配そうな視線を浴びながら、要点だけ(しかも内容に触れないように)を教える。いくらオレでも、安易に教える訳ないのに。
…どうせ、内容教えても理解しないとは思うけど。
実際、実年齢(十一歳の筈。オレが十二歳だから)より遥かに幼い…もとい、純粋なイルカが『破瓜の儀』の事を知ってるとは思えないし。
うみの夫妻(今更だけどイルカの両親だよ)の顔色みれば、この手の知識は特に教えてないみたいだしね。
…って、あれ?
アカデミーじゃあ、教えてないのかな?絶対教えてると思ったんだけど。
…まぁ、イルカの事だから、興味のない事は習ってても忘れてそうだけどね。
それはともかく。
今、オレが保護者軍団(自分の含)を相手取って主張してるのはそういう事。
年齢問わず中忍になった、もしくは下忍でも十六歳を過ぎたくの一に例外なく降り掛かる災難…もとい、通過儀礼。
ちなみに、男は中忍になるか十八歳越えるかね。
極稀に、オレみたいに幼すぎて精通待ちっつーのがいるけど、それはかなり特殊例。ってか、前例なかったし。
閑話休題。話が逸れた。
だから。
その儀式の相手をね。イルカが中忍…もしくは十六歳になったらオレにやらせてって主張してるんだけど。
何せ、対象者が全然理解ってないからね。とりあえず保護者たちにオネガイしてる訳。
「…カカシさん、上忍だよね?」
「…今話してるの、イルカのだから」
ある意味、尤もな疑問だけど、ちゃんと人の話は聞いてようね。先刻から話題に上ってるのは、キミだから。
そう思っても、ちゃんと答えてあげるんだから、オレも大概だよね。
「イルカの?カカシさんのは?ぎしき、やったの?」
「やったよ。ちょっと事情があって、中忍になってすぐじゃなかったんだけど。…身体的に可能になったその日に、無理矢理ね」
ちらりと大人共を睨みながら言ったオレのセリフに、心当たりのあるミナサマが不自然に顔を背けるけど、そんなの知ったことか!
拒否権がないのはさておいても(まぁ、中忍になった者の義務だし)、何の説明もなく、いきなり廓に放り込まれた十歳児の気持ちを少しは思いやってみやがれ。
いくら前もって知識があった(教材は自来也特製のエロ教材小説試作品。…結構面白かった)からって、実際に自分の身に起こった変化には戸惑うし、無表情とはいえガキなんだから、その恐怖心は生半可じゃないっつーの。
しかもだ。
人を放り込む際、先生と自来也がにやにや笑ってたの、知ってるんだからな。
もう、二年前ではあるけど(辛うじて中忍だったよ。下手したら上忍になるまで綺麗な躯だったね!)、未だに根に持ってるよ。当たり前でしょ。声変わりだってまだ(いつ来るやら…)なのに、よくよく無茶だと思うよ。この職業。
…と、先生たち。
「イルカだけは、絶対絶対、あんな目には遭わせないからね!じゃなきゃ、あんな修行、やるもんか」
思わず力説。
基本的に女の子はあんな酷い目には遭わないと思うけど、それでも力が入る。
何せ、このオレのトラウマになりかけたくらいだから。
大事なイルカに、あんな恐怖も理不尽さも経験させたくないからね。オレが相手なら、絶対、そんな目には遭わせないで済む筈。
──────── …多分。
「…よくわかんないけど。カカシさん、イルカの為に修行してるの?」
「──────── …うん」
あんまり知られたくない話なんだけど。
定期的に、自来也か先生か暗部の誰かに引き摺られて、廓に通ってるんだよね。
まぁ、行きたくなくても強制だし、任務か修行の一環だと割り切って、最近は諦観すら持ってるけど。
…何かさぁ。こんな歳から花街行きつけってのもどうかと思うよ。料金、全額里持ちだからいーけど。
下手に出世が早い自分の所為かもしれないけど、本当なら、まだ下忍かアカデミー生でもいい年齢なんだもんなぁ…。
現実は、周りがアカデミーに入学した歳には中忍だったし、中忍試験受けるからって、便宜上アカデミーに入学した時(入学したその日の午後に卒業したんだよ。翌日には長期任務があったから!ちなみに、アカデミー史上最高の成績だそうだ。未だ破られず)には、既に下忍登録済の上、暗部入隊済だったしなぁ…。
おまけに、上忍になって間がないってぇのに、任務の数だって、一般の上忍より多いような気がするんだよなぁ…。Sランク多いし…って、そっちは暗部の方の任務だったっけ。
お蔭で、自分の将来に願望はあっても、お子様的な夢や希望は全くない。
「イルカも中忍になったらするの?」
にこ、と無邪気に言ったイルカに、オレを含めた全員が固まる。
いや、確かにくの一なら必修に近いけど。
万が一、適性なんかあった日には、それがメイン任務になる可能性だってあるんだけど。
させたくない。…ってか、絶対させない。
多分、全員そう思ったんじゃないかな。
この無邪気さ…と言うか、天然さは成長したってそれほど変わるとは思えないし。そんな可愛いイルカにその手の任務させたくないよね。
…エゴでもさ。
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