儀式


「…ん…」
 軽い振動に、沈んでいたイルカの意識が浮上してくる。
「起きた?」
「…カカシ、さん?」
 狐面の下から聞こえる優しい声にイルカがぼんやりと応じ、耳を掠める風を切る微かな音に首を捻る。
 どうやら移動中のようなのだ。確か、先刻まで戦地のド真ん中に居た筈なのに。
「…休憩しよ」
 イルカの疑問が判ったのだろう。笑う気配をさせて地上に降りる。地面にクッションがない所為か、単なる癖か、イルカを膝から下に下ろす気だけはないらしい。
「どこですか?」
 カカシが面を外すのを待って問いかける。
「里への帰り道。あの後、気を失っちゃったんだよ」
 言われて思い出す。カカシに終わったと告げられた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだ。
「じゃあ…」
「本隊には、無理させ過ぎてチャクラ切れ起こしたから、こっちで連れ帰るって言ってある」
 悪戯が見つかった時のように肩を竦めるカカシに笑みが漏れる。
「事後承諾でごめんね?一緒に帰りたかったから」
「…うん。この方が嬉しい、です」
 顔色を窺うような仕草に頬が熱くなる。一緒が良いのはイルカだって同じ。
「なるべく早く帰って疲れを取ろうね?ナルトにも逢いたいでしょ?」
「ナル…ト?…え?会っても良いの?」
 もう、ずっと会わせて貰えなかった、小さな小さな里の英雄。前に会った時はまだ、一歳にも満たなかった筈。
「良いよ。その代わり、イルカ、お母さんだからね?」
「どうして?」
 くつりと笑う顔に尋ねる。『お母さん』は構わないが、理由が判らない。
「書類上、俺が後見人だから」
「それは知ってますけど」
 生まれてすぐに重い宿命を背負わされて、更に親までも失ったナルトの保護者に、カカシが当り前のように名乗り出たのは知っていたけれど。
「お父さんの奥さんはお母さんでしょ?」
「あ」
 揶揄の口調に顔中が熱くなる。納得は出来たが、その分恥ずかしさと照れ臭さがイルカを襲う。
「嫌?」
「い、嫌じゃないけど。その、えっと、う、嬉しい?」
 混乱しつつも正直に答える。語尾が疑問形になったのは感情を表す言葉が適切か迷ったから。
「良かった」
安堵の息を吐き、嬉しそうにイルカを抱き締める。
「休憩、終わりにしていい?疾く帰ろ」
「あ。はい」
「…で、も一つ残った儀式も終わらせよ?」
「儀式?まだ、何かありましたっけ?」
 軽々とイルカを抱き上げ、樹々を渡り出すカカシに尋ねる。必要とされる儀式は、任務初期に終わらせた筈。
「結婚式!…早く済ませてナルトと遊ぼ」
「え、あ。…はい!」
 赤面する余裕もなく、言われるままに頷いた。


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