儀式


「…」
 生への甘い誘惑に加えて、じわりと拡がる敗北感に、敵が微かな動揺を見せる。それを振り切って尚、攻撃する気は起きないのだろう。
 さりとて、たった二人の敵に簡単に背を向ける事も出来ず、微動だにしない。
「…さて。アンタは逃がさないよ。生きたまま、里に。そう言われてる」
 動かない敵からあっさりと目を離し、クスへ向き直る。カタカタと僅かに震えるのを一瞥すると、更に言葉を続けた。
「内通と人身売買。よくやるね」
「…言い掛かり、よ」
 視線を泳がせ、それでも言い放つ姿に、イルカがカカシの服を掴む。それを、安心させるようにぽんぽんと叩いて宥め、薄く笑う。
「証拠はある。ある中忍が調べ上げた。その勇気と執念に敬意を表し、アンタの処遇は彼女に一任される」
 淡々と告げる声には、微かな揶揄と感嘆が含まれる。目の前の女への侮蔑と、この場に居ない誰かへの敬意。
「覚えのない事を言われてもね…。ただ、私は木の葉に戻る気はないの」
 彷徨わせていた視線をカカシに戻すと、綺麗に口の端を持ち上げ、明瞭な嘲笑を浮かべた。
 呼吸を整えながら緩やかに言い捨て、クナイと千本を投げつけてくる。
 それが合図になった。
 それまでの呪縛から解放され、好機を図っていたた敵が、二人に一斉に襲いかかって来る。
 敵とはいえ、流石は上忍。一度発動した仕掛けが二度動かないのは理解していたらしい。
 更に、人を一人抱えているカカシにはこの人数の対応は無理だと踏んだのだろうか。クナイ、千本の嵐に紛れて敵が飛んでくる。
「…甘い」
 ぼそりと呟き、イルカの顔を自分の胸に強く押しつける。
 そして。
 ほんの一瞬。
 土煙が立ち、視界が遮られたと思う間もなく、何か重い物が地面に落ちる音が、幾つも耳に届いた。
「…だから言ったのに。逃げろ、て」
 くつり。
 冷笑が、再び静まった戦場に響く。
「お…前…何者…」
「…生きてたんだ。俺もまだまだ修行不足だぁね」
 辛うじて息のあった敵の言葉に天を仰ぎ、息を吐くと面をずらす。
「…知らない?写輪眼のカカシって」
「お前が…あの…」
 素顔を晒し、にぃと笑うカカシに驚愕の目を向ける。
「…そうか…。お前が…」
「…皆に伝えてあげなよ」
 言い置いて、無造作にとどめを刺す。
 どこか満足そうに事切れた敵を暫し眺め、改めて一人残した相手を見遣った。
「どうするの?アンタの味方はもう、いないよ」
「写輪眼のカカシ…?お前が?…でも何故…私だけ…」
「言った筈。生かしたまま里に連行すると」
 蒼褪めて立ち竦む相手に、くつりと勝者の笑みを見せた。


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