「…そこまでだ」
落ち着いた声が場の空気を止める。
ふわりと現れたのは、白い狐面に顔を隠した、銀の暗部。
それと同時に、イルカのクナイを構えていた手がやんわりと握られ、身体ごと力強い腕に包み込まれる。
「あ」
カカシさん。
よく知る気配に、見慣れた狐面が、イルカの過剰な緊張を解いてくれる。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
自分を優しく包んでくれる存在に、イルカが小さく安堵の息を漏らす。
この腕の中は、イルカにとって世界で一番安全な場所。
「…暗部!」
「木の葉の暗部か!」
イルカを大事に抱え込み、ゆったりと周囲を見回す。
正面に位置していたクスの悲鳴に、襲いかかる仕掛けを突破しようとしていた敵忍たちも驚愕の声をあげた。
「見りゃ判るデショ。…動くなよ。って、動けないか」
面の奥でくつりと笑う。
刹那、冷えた殺気が辺りを取り巻き、呼吸をするのも困難な威圧感がこの場に満ちる。
特に術を使った形跡がないのにも係わらず、カカシの言葉通り、今この場で動けるのはイルカ達二人だけ。他の者は身動ぎすら出来ない状態に陥った。
「…選べ。今すぐこの戦から撤退するか、殲滅させられるか」
低い、低い声が静かに響く。
「…何を…馬鹿な…」
「そう?現に、お前達は俺一人に身動き一つ、取れないのに」
喘ぐような声に揶揄の口調で告げられるのは、圧倒的な力量差。
否が応にも、唯一人に戦況を支配される恐怖を意識させられてしまう。
「…何で…暗部がここに…」
「愚問」
クスの茫然とした呟きを嗤い飛ばす。
「狙われているのが明白なのに、独りにする訳がない」
イルカが機密を抱えていると言う噂は、真しやかに戦場を駆けていた。木の葉陣営だけに流れた噂なら構わなかったが、敵に知られているのを知っていて、放置する訳がない。
自明の理だ。
そう、告げる。
「…やっぱり…罠…?」
「単純なモノ程かかり易い。ましてや餌は極上」
愛しそうに抱き込み、殊更にイルカを隠す。
暗部に護られた中忍。
その不自然なまでに特異な存在は、それだけで十分魅力的な餌になる。
…たとえ、罠と勘繰っていても見逃せない程に。
そしてまた、物理的な仕掛けと心理的な仕掛け、双方に絡ませたトラップは、一度かかると忽ちに深みへと嵌っていく。
『トラップを使う』
それこそが単純にして最大の仕掛けだったのだ。
味方をすら巻き込んだ、巧妙精緻なトラップでは、抜けられる筈もなかった。
「今ならまだ、見逃してやる。その女を置いて退くが良い」
穏やかで冷酷な声が、いやに甘く戦場に響いた。
|