儀式


「…」
 自分を落ち着かせる為に小さく息を飲み、相手を見据える。
「…彼等、とはどなたの事かお尋きしても?」
 既に、状況証拠だけなら、断罪出来るだけの物が十分に揃ってしまった。それでも、僅かな思いに言葉を重ねる。
「…判らないの?」
「判りたくないんです」
 嘲笑を浴びながらも苦い口調で応じる。
 甘い、と思われようが仕方がない。イルカとて、木の葉が決して一枚岩ではない事を知ってはいる。だが、感情は裏切る者の存在を信じたくないのだから。
「…なら、無理に判らなくても良いんじゃない?」
 くすくす笑う相手の眼に嘲りと侮りを見出す。
「すぐにその身で実感出来るわ」
 すい、と右手を上げた刹那、四方から無数の敵忍が現れる。イルカを囲むように構える彼等に、眉を寄せる。
 決定打。
 先刻までの言動だけなら、状況はさておき、断罪には至らなかった。
 しかし、今。
 彼女の取った行動は、言い逃れのしようもない背信行為。
 イルカはきゅ、と唇を噛むと真っ直に相手を見詰める。
「…残念です、クス中忍。これは利敵行為と見なします。従って、木の葉の法により、貴女を抜け忍と認定します」
「願ってもないわ。…でもね」
 哀しく眉を寄せるイルカに婉然と笑いかける。
「貴女もそうなるの」
 彼女の柔らかい口調に呼応して、周囲の敵が間合いを詰め始める。
 隙のなさから鑑みて、敵は恐らく上忍。新米中忍のイルカが技量で敵う訳がない。退くも攻めるも望めず、息を詰める。
「こちらの里長はね、貴女を厚遇してくれるわ。木の葉に帰りたくなくなる程にね」
「木の葉以外で生きる気はありません」
 楽しげに口を歪ませるのにきつく反論し、印を切る。
「…解」
 パン!
 素早い、とは言い難い手の動きだったが、実力を侮られて居たのが功を奏したのだろう。無事に印を切り終えると手を合わせる。
 その瞬間。
 イルカの周囲の地面が蠢き、複数の仕掛けが敵に向かう。その為、詰められた間合いが今一度拡がる。
「…どうやら、機密を持っていると言う噂はガセじゃなかったようね」
 敵を従え、一歩進む相手に息を飲む。
 この場は、態と作った穴なのだ。
 稼働させられる仕掛けそのものも他と比べて数が少なく、何より、木の葉の額宛を持つ忍には反応しない。
 つまり、敵ならともかく、クスには通用しない。
 どれ程巧妙な仕掛けを張れても、場数を踏んでいないイルカには荷がかち過ぎる。
 咄嗟にクナイを構えるものの、僅かに腕が震えた。
「あらあら。クナイが震えてるわよ。お嬢ちゃん」
 にぃ。
 先刻から変わらぬ笑みが、その場を支配しかけた。


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