儀式


「…え〜と」
 きょろ。
 深呼吸一つして周囲を見回す。到着早々、暗部に保護されていた身としては、どうにも本陣宿営地の地理は掴みにくい。
 それでも、上方には見慣れた狐面があるし、部隊長は気の置けない三人に替わっているしで、ひどい不安に捕らわれる事もないのだが。
「…イルカ!」
「あ」
 ぼんやりと立っていると、輸送隊で一緒に赴任してきた同僚が駆け寄って来る。
 ほっと息を吐くと軽く手を振った。
「どうしたんだよ。暗部の方は?」
「ん。もう、大事な情報はお渡ししたし、そろそろ帰還だろうから…て」
 隠れているかもしれない暗部の姿を捜す同僚に、用意された言い訳を口にする。
 同僚をダマすのは気が引けるが、それは仕方がない。全てが終われば話しても良いと言われているのだから、それまでは我慢である。
「そっか。何か大変だったりしたか?暗部って怖いって聞くしさ」
「そんな事ないよ。皆さん、凄く優しくしてくれたよ?」
 この辺は嘘を吐く必要がない所為か、思わず力が篭もる。
「へーぇ。良かったな」
「うん。…ところでクス隊長どこかな?挨拶して来なきゃ」
「あ。うん。どこだろ。一緒に捜してやるよ。ついでに案内しようか。来て即行隔離されてたもんな」
「そうだね。ありがとう、助かる。…ねぇ、こっちは何かあった?」
 言い得て妙な言葉に苦笑する。とはいえ、陣内を案内して貰えるのはありがたい。地図だけでは判りにくい部分もある。
「ん〜。理由はしらないけど、部隊長が替わった位かなぁ。作戦に関してはイルカのが詳しいんじゃねぇ?」
「それは…」
「あ〜!イルカ!戻って来たのか?」
「うん」
 輸送隊の仲間がイルカを見つける度に寄ってくる。
 …どうやら、暗部預かりという処遇は、殊の外心配をかき立てられたらしい。イルカ個人にしてみれば、あれ以上に安全で安心出来る場所はなかったのだが。
 事実、今、この時の方が緊張を強いられている。時折、態と目の端を掠めてくれる存在がなければ、座り込んでしまったかもしれない。
「クス隊長を捜してるんだけど」
「あぁ。…あっちに居たぞ」
「ありがと」
 礼を言い、急いで言われた方に向かう。
 とにかく、暗部から輸送隊に戻った事を伝えなければならなかった。
「クス隊長!」
 後ろ姿を捕らえ、声をかける。緊張のあまり変な声にならなかったか非常に不安である。
「…うみのさん。どうしたの?」
「はい。役目も終えたのでこちらに復帰するようにと」
「そう。では今日は休んで。明日指示するから」
「はい」


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