「……」
稚拙とはいえ、滅多にないイルカからのキスに茫然としたまま息を詰めてしまったカカシが大きく息を吐く。
気を取り直すように頭を振ると、目を細めて笑った。
「もう、変更効かないよ?」
軽い音を立てて啄む。
「変更?」
「嫌だって言っても止めてあげらんない」
可愛く首を傾げるイルカの唇に、触れる位近くで告げる。
「い…言わない…もん」
揶揄する声に、ふい、と横を向く。途端、襟の隙から白い首筋が現れる。その、無防備になった首筋に吸い付いた。
「ひゃ」
驚いて引き釣った悲鳴をあげると、くぐもった笑い声。
「可愛い」
低く囁いて、するりと着物の合わせから手を差し入れる。まだ固めの膨らみに触れると、びくりと身体を硬くする。
「な…」
「…怖い?」
不安で戸惑う視線を向けられて苦笑する。未知の行為に恐怖が芽生えたらしい。
「…え…と」
「…少し説明しよっか」
言いながら躯を起こし、よいしょ…と年齢にそぐわない年寄りめいた言葉を吐いてイルカを改めて膝の上に乗せる。
「儀式の事、ちゃんと教わってないでしょ。…ってか、覚えてないでしょ」
「…うん」
安心させるように背を擦り、額や頬にキスを繰り返す。
「膳の説明はしたね。酒に薬が入ってるのは話したっけ?」
「してない。何か薬が入ってるの?」
「催淫剤と弛緩剤」
「え?そ…それって」
さらりと告げた内容に言葉をなくす。
「初めてなんだから緊張するでしょ」
目を見開く相手の鼻を優しく摘む。
「硬くならないようにする為?」
「正解。本来は催淫香も焚くんだよ」
「…え」
「失敗出来ないからね」
薬や香の力を借りてでも硬直する心と躯を解せるように。
誤魔化しだと、言い訳だと言われようと、ほんの少しでも心の負担が軽くなるように。
心の逃げ場を確保出来るように。
それは、木の葉ならではの優しさ。他里ではこんな気遣いはないと聞く。
…ちなみに、男の方にはそのような配慮は一切ない。
「うん…。…あ。じゃあ、先刻のお酒にも薬入ってたの?」
「入ってないよ」
「入ってない?」
「入れてない。薬使えば楽だけど、不自然なのは嫌でしょ?」
薬は確かに躯を楽にしてくれるけれど、純粋で真面目なイルカは逆に混乱しかねない。だから、その類は一切使わず、急く気持ちを抑えつけてでも説明を怠らない。
「嫌だけど…失敗したらダメなんでしょ?」
儀式と名が付いているだけに、これは失敗して良いモノではない。それくらいはイルカだって知っている。
「大丈夫。正式な儀式は三日位かけるんだ。今日は一日目だし」
「そ…そうなの?でも、皆、半日か一日って…」
「最近は略式が殆どだからね」
「略式」
「時間ないし面倒でしょ」
「…私は略式にしないの?」
「しないよ。もったいない」
不思議そうに首を傾げるイルカに笑う。
略式など、そんな勿体無い事出来る訳がない。カカシにしてみれば、イルカにかける時間は一日だって長い方が良いのに。
「もったいないって…。そんな問題なの?」
「当然」
呆れたような表情を見せるイルカに唇を寄せる。
膝に乗せてからずっと、抱き込んだ腕で着物の上から微かに刺激を与えているが、性的な気配を極力消している所為か、全く気付く事なく身を任せている。この分だと直接肌に触れても気付くまい。
それでも、細心の注意を払って帯を解いていく。
「略式と正式なのとどう違うの?」
「内容的には変わらないよ。かける時間が違うだけ」
略式の方が即物的でビジネスライクなだけで、やる事自体が変わる訳ではない。 だから、最近では略式が殆どなのだ。
「衣装もね。女の子の方はともかく、男は適当だし。こんな正式なの、使わない」
「…え。じゃあ…」
「強いて言えば夜着か、忍服」
女の為の儀式で男が衣装にこだわっても意味がない。それでも衣装があるのは、やはり、女の子の為。
「イルカが着てるのは、柄にも襲ねにも意味があるけどね」
「男の人のは?意味がないの?」
「あんまりね」
「…?」
「んー。…俺の裸見たい?」
「はい?」
「見たいなら脱ぐけど」
「…い…いい!脱がないで!」
襟に手をかけて脱ぐフリをすれば、慌てて両手を振って拒む。その慌てぶりに吹き出しそうになるのを堪え、力一杯振っている手を軽く抑える。
「…ま。そういう意味」
「…先生、よく判りません」
「脱がなくても出来るって事」
視覚情報と言うのは結構衝撃がある。それを隠す為の衣なのである。それ故、あまり重視されず、最近では廃れてきているのだ。
実際、イルカのように初心に育った方が珍しい。
「一日目から見る必要もないでしょ」
「それって…」
「…里に戻るまでには見てね」
蒼褪めた顔に優しくキスして、耳許に低く囁く。刹那、イルカの顔が急激に紅く染まる。
「そ、それダメ」
「え?」
「ひ…低いんだもん」
「何が?」
訳の判らないことを言い出すイルカに首を傾げる。
「こ…声。先刻からたまに凄く低い声出すでしょう?」
「そお?」
半泣きになっているイルカの背を擦する。
「それ…ダメなの」
「…嫌い?」
「…ぎ…逆」
ますます紅くなるのには疑問しか浮かばない。
「ど…どきどきするからダメ」
「イルカ?」
「だって。カカシさんの声なのに男の人の声なんだもん〜」
「…あの…俺、男の人よ?」
今まで自分は何に見えていたのだろう、と一瞬不安に襲われた。
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