儀式


 話が決まった直後に、タイミング良く(聞き耳を立てていたのが知れる)届いた膳の前で、イルカが硬直している。
 それを横目に見ながら気付かれないように息を吐き、酒に手を付ける。気を利かせたのか逆なのか、膳に載せられた酒とは別に、一升瓶が床に置かれていた。
「う〜」
 きっちりと畳まれた脚の上の手を握り締め、唸るイルカに苦笑する。必要な儀式とはいえ、無駄に御膳立てされた状況に感情が付いていかないのだろう。微塵も動かず、緊張しまくっている姿が可愛らしくも少し痛々しい。
「…俺の我侭だもんねぇ」
 溜息と共に吐き出し、腕を伸ばしてイルカを掴む。そのまま引き寄せ、膝の上に乗せる。
「きゃ…」
「…飲む?飲みやすくて、割と女の子向け」
 改めて酒を注いだ杯を取ると、鼻先に持っていく。その馥郁とした香りは、飲酒経験のないイルカでも上等だと判る物。
「…でも…」
「そんなに堅くなっても事態は好転しないよ」
 苦笑気味に言われ、頬を膨らます。
「…カカシさんみたく慣れてませんから」
 拗ねた顔には仄かな嫉妬すら含まれていて。自覚していないだろうそれに、つい、頬が緩んでしまう。
「…そうでもないよ」
 微かに笑い、イルカの耳がちょうど胸元に来るように、注意深く抱き締める。
「ちょ…。……え?」
「俺だって緊張してます」
──────────── …凄い…速…」
 いつも規則正しい音しか刻まないカカシの鼓動が、有り得ないくらい速くなっている。
 もしかしたら、今のイルカの鼓動よりも速いかもしれない。
「…嘘みたい」
「こんなトコ、嘘つけないよ。Sランク任務より緊張してる」
「何で?カカシさん上忍なのに」
「…この際、それは関係ないから」
「じゃ、何で?」
「知りたい?」
「はい」
「そうだねぇ」
 好奇心に目を輝かせたイルカから一瞬だけ顔を逸らし、持っていた杯を空ける。
「カカシさ…ん〜っ」
 くい、と急かすように襟を引っ張るイルカに合わせて向き直り、唇を重ねる。うっすらと開いていた唇の隙間から舌をねじ込み、口に含んだ酒を流し込む。吐き出されないよう、奥まで導けば、こくん…と嚥下する音がする。それでも解放してやらず、思う様口内を蹂躙する。
「ん、ん、んん〜」
 今まで経験した事のない口付けに、イルカがじたばた暴れ出す。それを難無く押さえつけ、角度を変えて十分に味わい、抵抗がなくなったところで、ぺろりとイルカの唇を舐め上げ、名残惜しそうに唇を離す。
「…ぁ…」
「…もう少し飲む?飲ませてあげるよ」
「…い、要らな…」
 喘ぐように浅い呼吸を繰り返すイルカの背を擦ってやる。
「い…今の…」
「大人のキス。…もう一度しようか」
「…え?」
 囁かれた言葉に反応出来ないで視線を上げる。
 すると、返事を待たずにもう一度、唇が重なってくる。呼吸を整えるのに半開きになっていた口にぬるりと舌が差し入れられた。先刻と同じ動きをゆっくりと繰り返されるが、今度は応じるよう促される。慣れない事に息を詰めてしまうと、静かに唇を離して苦笑されてしまう。
「鼻で息、してみて」
 鼻先にちょん、とキスを落とされ、三度唇を奪われる。
 初めて経験する、吐息毎飲み込むような深い口付けに、閉じた目の奥が眩む。
 いつも…会う度にされていたキスは何だったんだろうと思いたくなる程、これは甘くて熱い。
 頭の奥が白く染まる。
 力が抜ける。
 唇に感じる熱さ以外、何も判らなくなる。
 とさりと、背中から柔らかい音がしたのも、どこか遠くに聞こえた。


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