儀式


「…揃った?」
 湯浴みを終え、仕立ての良い、少しゆったりとした着物を着流したカカシが周囲を見渡す。
 下座に暗部隊員全員の姿を確認し、問答無用で乗せた膝の上で、羞恥のあまり暴れるイルカを簡単に抱き直す。
「あ。面取って良いよ。じゃ、始めようか」
 カカシの言葉に隊員達が一斉に面を外す。程好い緊張感の中、カカシが口を開く。
「先刻の作戦会議中、イルカの件で噛みつかれた。…で、つい、火影の名を使っちゃったんだぁよね」
 ぺろりと舌を出すカカシに、その場の全員が脱力する。唯一、イルカだけが不安気にカカシの顔を見上げた。
「…して。その内容は?貴方様が不可能事を口になさる訳がない」
 最前列の一人が意味ありげに笑う。
「察しが良いね。ちょっと大規模なトラップ仕掛けて、とっとと戦闘を終結させる事にした」
「トラップ…ですか」
 ざわりと一瞬騒がしくなる。
 暗部に在籍している以上、一定レベルのトラッピング技術は有しているが、カカシの言うトラップはそれ以上を求めているだろう。設置に対する不安が表れる。
「…戦闘終結までの期限は」
「二週間」
 さらりと告げられる言葉にざわめきが大きくなる。
 自分達の隊長に不信がある訳はないが、その困難さには流石に浮き足立ってしまう。
「…で、ここでイルカにお願いなんだけど」
「私?」
「こいつらコキ使って良いからトラップ、張ってよ」
「…え」
 カカシの発言にイルカの目が大きく見開かれる。その驚きは隊員達も同様だったらしく、一様に黙り込んでしまう。
「俺ん家や演習用の森に仕掛けたヤツの、もうちょい大掛かりなヤツ。出来るでしょ」
「…で、出来るけど…でも」
「大丈夫。この俺が結構苦労するし、こいつらなんか、かなり引っ掛かってるからね」
 戸惑うイルカに軽い調子で太鼓判を押す。
「た、隊長」
「んー」
「あの、まさかと思いますが、演習用の森と言うのは…」
「暗部演習用」
「あれか…」
「それは凄い」
 顔を見合わせ、頷き合う。
 彼等が演習時に使用しているトラップは、まず、他里との戦闘では見られないような高度な代物。暗部内でも、誰が設置したのかと話題に上ることも少なくない。
 まさか、目の前で赤くなっている少女が…とは思わなかったが、これならばカカシが本隊での会議でかましたというハッタリにも納得がいく。
「そんな訳だから、お前等全面的に協力してね」
 にんまりと、悪戯を成功させたような表情を見せるカカシに、全員が首肯する。
「暗部に『真珠』有りってね。知らしめてやって」
「真珠?」
 悪巧みを思いついたような口調で出された、聞きなれない言葉にイルカが不思議そうに首を傾げる。それに、へらりと笑いかける。
「ん?今考えたイルカの暗部名。なかなかでしょ」
「何で真珠?」
「そりゃ、イルカは俺の大切な宝物だし、やっぱり海の宝石って言えば真珠でしょ」
「…」
「珊瑚も悪くないけど、やっぱりイルカのイメージは真珠」
 にっこり微笑まれると、言葉に詰まる。
 おまけに、下座に揃っている隊員達が妙に力強く同意しているのだ。イルカの感じた羞恥は尋常じゃなく、真っ赤に染まった顔をカカシの胸に埋めて隠してしまう。
「…ねぇ。必要物資の書き出しにどのくらいかかる?」
「…二…いえ。一時間もあれば」
カカシの問いに顔を上げる。未だ頬は赤かったが、答えには淀みがない。
「ん。じゃ、一時間後に指示を出すから、三日で揃えて。それから、誰か輸送隊長のクス中忍を調べて。気になる事がある」
「…膳はいつ御持ちしますか?」
「っ…。────────────────── ……一時間後で良い…」
返事の代わりに出された問いに、一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らすと照れ臭そうに応じる。その、非常に珍しいカカシの年相応な表情に、下座の隊員達がどっと笑った。


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