儀式


「鮮やか」
「流石」
 機嫌の悪さなぞ億尾にも出さずに、無事、目的の人物を確保した上司へ賞賛の溜息が漏れる。
「何馬鹿な事言ってんの。テントの準備は?」
「出来てます」
「こちらです」
「…も少しだからね」
 優しい声音に素直に頷く。
 抱き上げられたまま、というのは恥ずかしかったが、強く抱き込まれていて放して貰えそうにない。そのまま、一般忍の宿営地より少し外れた位置にある暗部専用テントの一つに連れて行かれた。
「お疲れ様」
 テントに入り、そっと腕から降ろされる。
 ほぅ…と張り詰めていた息を吐くと、自分を抱いていた暗部に、にっこり笑いかけた。
「カカシさん」
「ん」
 迷う事なく一つの名を呼び、背伸びして暗部面に手を伸ばす。拒絶はなく、イルカの思いのままに面を外させてくれる。
 面の下には、口布で下半分を覆われた顔。更にその口布を顎の辺りまで引き下げると、今度こそ、想像に違わず秀麗な顔が現れる。
 以前に見た時よりも幾分精悍さが増しているが、まだ、充分に少年と言ってもおかしくない。
「久しぶり」
 穏やかな表情に笑みが零れる。
「はい」
「二年振りだぁよね。元気だった?」
「はい」
 きゅう、と隙間なく抱き締められてうっとりする。
「中忍昇格オメデト。じー様から連絡来たよ」
「ありがとうございます」
「…で、ちょっと質問があるんだけど良い?」
 抱き締めた腕をほんの少し緩め、額と額を合わせる。
「…?何?」
 心無しか真剣さを帯びる強い瞳を、不思議に思いながらも促す。
「…うん。あの、さ」
 額は付けたまま視線を泳がせると、言い辛そうに口篭もる。
「イルカって…その、バージン?」
「…え?」
「…いや。だから…その、破瓜の儀、済ませた?」
「…え。…あ」
 躊躇しつつも言葉を足され、頭の中で質問が正しく理解出来た刹那、首まで真紅に染まる。
「ごめん。下世話なのは判ってるんだけど…」
 困ったように続けるカカシの視線から逃げるように下を向く。
「あ、あの。………まだ……」
 消え入りそうな声でなんとか答える。
「ほんと?」
 恐る恐る確認すると、真っ赤な顔のまま、微かに頷く。
──────── 良かった…」
 身体中の空気を、全部吐き出すかのような溜息をつき、再びイルカをきつく抱き締める。
 その心底安堵しているような様子に、頭の中に疑問符が浮かんでくる。
「…あの…?」
「あれ?じゃあ、何であんな任務に居たの?」
「…?補給物資の輸送の事?」
 腑に落ちない、と言った表情の問いに似た表情で返す。
 普通の任務だと思っていたので、カカシの疑問、そのものが理解出来ないのだろう。
「ん。まさかと思うけど、知らないで来た?」
「何を?」
「…あのね。一ケ月を超える現場に補給される物資には人的物資も含むんだけど」
「負傷者の代わりとか?」
「勿論、それもあるけど。人的物資ってのは、基本的には慰安要員なんだよ。…ん〜。その、くの一は特に」
 言われた科白が何度も頭の中で繰り返される。それと、先刻の上忍や同僚の態度も思い出す。
「…えええええ?」
 告げられた内容の全てが把握出来た瞬間、驚愕の悲鳴が静かな森を引き裂いた。


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