儀式


「…あ。やっぱり」
 テントの外でこそこそと聞き耳を立てていた暗部隊員一同が頷き合う。
 …もっとも、どんなに気配を絶ったとしても、彼らの隊長には気取られているだろう。とりあえず、イルカにさえ、バレなければ良いのである。
「奥方様がこんな任務に就く訳ないよな」
「何の手違いだよ」
「やっぱ、ハメられたんじゃねぇ?」
「理由がなくないか?」
「まぁ、奥方様可愛いし」
「あ〜。また一段と可愛くなられたよな」
「そりゃ、隊長が物凄く大事にしてるからな」
「て、事はやっぱり…」
「やっかみか?誰に」
「ん〜。とりあえず輸送隊の同僚新米中忍共は無罪だよな」
「パニくってたもんな」
「じゃ、輸送隊長は?」
「そういや見なかったな」
 あの、結構な騒ぎの中、不思議と姿を見かけなかった輸送隊長に頭を捻る。確か、今回の輸送隊長はベテランの中忍くの一だった筈だ。
「後でクレーム来るかな」
「来ないだろ?暗部相手に」
「それもそうだな」
「少し探る?」
「隊長の許可が下りたらな」
「まぁ、何にしても奥方様に大事なくて良かったよな」
「全くだ」
「そういやあの上忍、どうするよ?」
「あ〜。堪え症のないバカね」
「少し痛い目見せたら?あれで部隊長だろ?笑わせる」
「同感」
 くく、とくぐもった嗤いを漏らす。
 知らずとはいえ、余計な事をするから悪いのだ…というように。
 先刻の一件で、あの上忍は暗部全隊を敵に廻したと言っても過言ではない。
 互いに木の葉である以上、当然、手出しする事は許されないが、多少の事は精神修養を怠った報い、とでも思って諦めさせるつもりである。
「…ところでお前、先刻から何作ってんの?」
「ん?奥方様の湯浴み用のたらい」
「あ。そうか。儀式用」
「誰か、酒調達して来いよ。一番良いヤツ」
「もう行った」
「足りないもんないか?」
「大体揃えた筈」
「まぁ、こんなトコで完璧に揃えんの無理だし」
「あ。誰か火影様に式飛ばしたか?」
「飛ばした。奥方様の任務の裏取って戴く要請と、無事隊長が保護したのと」
「じゃ、良いか」
「なぁ、もうすぐたらいが出来るんだけど、誰か湯を用意してくれよ」
「悪い。すぐやる」
「それより、そろそろ作戦会議だよな。誰行く?」
「俺が行くに決まってんでしょ。…お前ら、何やってんの?」
「あ。隊長」
「お話はお済みですか?」
 背後から聞こえてきた呆れ気味の声に、緊張感の欠片もなく振り向く。
「聞き耳立てといてよく言うね」
 悪びれない態度の部下に肩を竦めるが、特に咎めだてはしない。その鷹揚さもまた、長所の一つなのだろう。
「もうすぐ奥方様の湯浴みの支度が整いますが」
「そお?じゃ、別のテントに場所作ってあげて。…で。判ってると思うけど」
「結界張ります」
「誓って覗きません」
 手を挙げ、自己申告する彼らに頷くと、後ろに控えていたイルカに向き直る。
「ん。イルカ。これから作戦会議に行って来るから、ゆっくり湯浴みして疲れを取りなね」
「…え…」
「一時間以内には戻るよ」
「あ。はい」
 取り残されると思ったのか、一瞬、不安そうに見上げるが、柔らかい笑みに頷いてしまう。
「じゃ、行って来るね」
「行ってらっしゃい」
 口布越しに軽くキスして、その場から消える。
「あ。あの…」
「今すぐ湯浴みの支度を致しますね」
「移動でお疲れじゃないですか?儀式の前に軽い食事でもご用意しますか?」
「入り用な物がありましたら何でもお申し付けくださいね」
「むさ苦しい所で申し訳ありません」
「奥方様には窮屈かと思いますが、カカシ様が戻られるまでですから」
「ご辛抱くださいますよう、我ら一同、お願い申し上げます」
「あ、あの、私の方こそご迷惑おかけします」
「とんでもございません!」
 大人数に畳み掛けるように立て続けに言われ、耳慣れない呼ばれ方に疑念を差し挟む余裕もなく、取りあえずぺこりと頭を下げる。
 そんなイルカに、その場の全員が満面の笑顔で、力をこめて謙遜した。


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