儀式


「…は?」
「だから、今晩は俺の…」
「…あの、申し訳ありませんが、仰る意図が判りません」
 無造作に掴まれた腕をやんわりと外す。
 下卑た嗤いを隠そうともしない相手に言いようのない不快感を覚えるが、なんとか感情を隠してみせる。
「…お前!慰安だろう!」
「違います!」
 耳慣れない…と言うより、信じられない言葉を吐かれ、声が上擦る。
 任務としてそういう事があると、知識では知っていたが、今の自分にはまだ回って来ない筈のモノ。
 ましてや、未だ自分を幼い子供と同一視しているらしい、あの優しい里長が今の自分に廻してくる訳がない。
 …いずれは回ってくるかもしれないが。
「ちょ…イルカ!」
「何?」
 上忍との危険な空気を察知した同僚に引っ張られる。
「聞いてないのか?」
「何を?」
「今回の任務内容!」
「…?物資の輸送でしょ?」
 小さく叫ばれ、首を捻る。
 実際、今回言われた任務は補給物資の搬送だけなのである。
 しかも、出発日当日に。予定していた者が急病で人手が足りないから…と言われて、だ。
「…マジかよ…」
「あのな…」
「何をこそこそと…来い!」
 絶望的な表情で説明をしようとする同僚をよそに、焦れた上忍が改めて腕を掴んでくる。その、説明出来ない嫌悪感に、思わず悲鳴をあげそうになって慌てて口を押さえる。いくらなんでも、そんな事をしては礼儀に反する。
 上忍…しかも部隊長を相手に意見も出来ず、渦中の二人及び輸送隊員たちと見物している者達に、微かに緊迫した空気が流れた。


──────── …ねぇ。うみのって中忍いない?」


 ぴぃん、と張り詰めた空気を切り裂いたのは、場にそぐわない、のんびりした声。
「…輸送隊の中に、うみの中忍ってのがいる筈なんだけど」
 気配なく増えた声に全員が目を向けると、人だかりの外に一人の暗部が立っていた。
「…あ、暗部?」
 ぎくりと、その場が違う沈黙に支配される。
 いくら暗部の随行している作戦とはいえ、その姿を戦場や作戦会議時以外で見かける事は少ない。それが、衆目の中に降り立ったのだ。何事かと固まってしまってもおかしくない。
「…ねぇ」
 応えがないのを訝しんだのか、再度声がかけられる。
「…あ…あの、私がうみのですけど」
 未だ上忍に腕を掴まれたままの状態で、小さくイルカが名乗る。声が僅かに震えていたようなのは、初めて見る暗部の所為だろうか。
「…あぁ。アンタね。火影様から伝言預かってない?」
「え…」
 一瞬で間合いを詰め、その身をさっさと上忍の腕から解放させると、当り前に問うてくる。特に思い当たる事がなく、小首を傾げると、軽く頷かれる。
「…ん〜。暗示になってるのかな?まぁ、良いや。悪いけど、このヒトは暗部で預かるから。良いね?」
 抑揚のない声で告げられるのは、部隊長でも覆す事の出来ない、決定事項。
 暗部は、それ自体が火影直属とあって、同作戦内と言えど、別任務を負っている場合がある。それ故、暗部から出される言葉は絶対で、異論を許さないのだ。
「な…」
「このヒトが持って来たのは機密だからね。こちらで保護するよ」
 言葉に詰まる上忍に叩きつけるように告げるとイルカの肩を抱いて去ろうとする。
「あ…あの!」
「…あぁ。安心して。アンタらが帰る時には連れてくるよ」
 心配そうに寄って来る輸送隊の中忍に気安い言葉をかけると、イルカを軽く抱き上げる。
「じゃ、借りるね」
 ポム、と言う軽い音とほんの僅かな煙を残して、暗部とイルカが消えた。


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