七夕


「…女の子はマせてるねぇ」
「その割には真面目に答えていたくせに」
 蛍狩りから帰って早々に居間で潰れてしまった子供たちを離れに寝かしつける。健やかな寝息を立てながら、太平楽に寝入っている子供たちが可愛らしく、ついつい二人で覗き込んでしまった。しっかり熟睡しているのを確認し、ゆっくり母屋へ向かう。
「嘘はつけないしねぇ。…十二の頃のイルカなんて、あんな事考えもしなかったでしょ?」
「…その頃には多忙過ぎる婚約者も居ましたので。考える隙もありませんでした」
 揶揄する言葉に澄まして返す。
 相手はどうか知らないが、自分は、気付いた時には目の前に一生の相手が居たのだ。サクラのような感慨を持つ事もなかった。
「多忙…だった?」
「多忙じゃないカカシさんなんて、見た事ないです」
「う〜ん…。そういや、あの頃は寝る間もなかった気がするねぇ」
 困ったようにガリガリ頭を掻く相手に溜息を一つ。ある意味、里の誰よりも忙しかったと言っても過言ではないのに、自分の忙しさを自覚していないのも困りモノである。
──────── …昔、織姫が羨ましかった事がありますよ」
 庭のちょうど真ん中辺りで立ち止まり、改めて空を見上げる。新月の所為か、いつもより格段に綺麗に流れる天の川と、子供達と見た七夕の星。サクラとの会話を思い出し、つい、自分に準えてみてしまう。
「…羨ましい?」
「だって、最低でも一年に一度は逢えるんでしょ?」
「うん」
「イルカの牽牛様は一年に一度も逢えるかどうか判らなかったから」
 目だけで微笑みかける。
 自業自得ではあるけれど、それでも一年に一度は必ず逢わせて貰える二人。
 でも、自分達は違う。もっと頻繁に逢える可能性はあっても、彼らのように確約出来る日はなかった。一年に一度、逢えたら良い方、という時すらあった。予定も約束も流されてしまう日々が何年も続いた。
「任務先から次の任務に行くのは当り前。里に帰ってる暇もなかったでしょ」
「…ハイ」
「だから、絶対逢える二人が羨ましかった」
 目の前の人は、いつもいつも任務に追われて。それも長期のSランクばかり。里に戻る事は稀で、戻っても、休む間も無く次の任務に行ってしまう。当然、いくら望んでも逢うことはままならなくて。けれど、困らせたくないから、文句なんか言える筈もなく。七夕の頃には天の二人が羨ましくて仕方がなかった。
「…俺は。あの頃は帰るのが怖かった…かな」
「え?」
「待たせてるのは俺の都合でしょ」
 肩を竦める。里の為ではあったけど。それは引いては愛しい人を護る事に繋がりはしたけれど。でも、相手を縛り付けたのは自分の我侭だったから。
「…戻ったら振られるんじゃないか、てね」
「信用してなかった?」
「そうじゃないよ」
「じゃあ、どうして?」
「嫌われるとは思わなかったけど。淋しかったでしょ」
「…少し」
「いつも傍に居る誰かに絆されたら…って思ってた」
「そんなの…」
「任務には自信あったけどねぇ」
 口を歪め、自嘲気味に吐き出す。
 出会って、二十年強。そのうち一緒に過ごしたのは、多分、五年に満たない。どう好意的に考えても束縛している…と思う。早熟だった自分はさておき、一つ違いとはいえ物心つくかつかないかの子供相手。忘れられたっておかしくはない。なのに、そんな事、どうしても我慢できなくて。暗示をかけるように言葉と態度で繰り返し自分を印象付け、終には『婚約』という契約すら取り付けてしまった。それが、たった六歳の時。以来、慙愧に堪えず、周囲に言われるまでもなく、何度離れようと、解放しようと思った事か。
 それでも手放す事が出来なかった、己の執着心を今でも嫌悪する。
「不安だった?」
「いつだって不安」
「…カカシさんより格好良い人なんていないのに?」
「それは欲目」
「…カカシさんより大事にしてくれる人なんて、どこにもいないのに?」
 俯き気味な顔を下から覗き込む。
 初めて会った時にはもう、下忍登録をされていた、不世出の天才。二年後には中忍で、その時には、アカデミー生ですらなかった自分の立場も弁えず、一生の約束をしてしまった。
 上層部に近い所にいた所為か、年齢だけは同じ子供なのに、全然逢う暇も作れない、大人な人だったけれど。その分、たまに逢えた時には両親も敵わない程、盛大に甘やかしてくれた。そんな事しなくても、帰って来てくれるだけで充分満たされたのに。
 両親を失った時も、この人が居たから早いうちに立ち直れたのに。
 いつだって強気なクセに、時折、こんな風に不安そうな顔をする。
「絶対、帰って来て、くれるんでしょ?」
「当たり前デショ」
 首を傾げて悪戯っぽく見上げると、照れ臭そうに目を細めた。それに見蕩れていると、ふい、と視線を逸らされる。
「…可愛い織姫サマの所以外に、帰る場所なんてな〜いよ」
「カカシさん、大好き」
 低く洩らされる、照れて拗ねた口調が愛しくて、思わず抱き着く。滅多にしない行為に、驚いたのが伝わってくる。いつもよりほんの少しだけ早い鼓動が聞こえ、嬉しさに鼻を摺り寄せた。
──────── …何言ってんの。俺のが、ずっと好きだよ」


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