──────── 七月七日、昼過ぎ。
「はい、お疲れさん」
「…」
肩で息をしながら、あっさりと労う上忍を睨みつける。
早朝から叩き起こされ、蛍狩りをした川へ笹を流した後、屋敷全体の掃除と庭掃除までこなした子供達は、行きに使った道とは別の道(ただし難易度は変わらず)を使って、漸く火影岩の前に辿り着いたのだった。
「…今日はこれで解散。明日は一日休み。明後日から一週間程自主トレ。…で、これがメニューな」
さらりと言い渡される指示に、カカシ以外の四人の目が見開かれる。
「カカシ先生?」
「…すまん。明け方に任務入っちゃった」
手渡されたトレーニング内容の書かれた紙を握り締め、不安に揺れる瞳で見上げる子供たちに、申し訳なさそうに手を合わせる。
「また?」
「この前もそんな事言ってたな」
「先生、任務請け過ぎだってばよ!」
険しい顔で子供たちが詰め寄ってくる。それを黙って頭を掻くことで受け入れてしまう。
「いつから?いつから行くの?」
「…サクラ」
眉を寄せてベストの裾を掴むサクラをイルカが嗜める。任務の内容によっては、何一つ説明出来ない物もあるのだ。
「──────── …今から」
何気なくイルカに視線を向けた後、子供たちに向き直ってぼそりと呟く。その答えに、三人の気配が変わる。
「今からって…。先生、本っ当に任務やり過ぎ!過労で倒れちゃうわ!」
「あ〜!火影のじっちゃんてば、カカシ先生に頼り過ぎだってばよ!」
「…それは、本当に、カカシじゃないと拙いのか?」
きゃんきゃん叫ぶ、その言葉は師匠を気遣う内容。
少し前までは、上忍の単独任務に対してズルいだ何だとぐずっていたナルトまでがそうなのだから、子供たちの前でも関係なく、かなり頻繁に連絡鳥が飛んできているのだろう。
「ごめーんな」
「謝って欲しい訳じゃないってばよ…」
「この前だって任務行ったばっかりじゃない」
「…休んでないだろ」
子供たちに視線を合わせて謝罪するカカシに、子供たちが哀しそうに口を尖らせる。実際、身体の心配をしているのであって、謝罪させたい訳ではないのだ。
「もう、もう、もう、俺、ぜぇぇったい、じっちゃんに文句言ってやるってばよ!」
「…俺も行く」
「私も」
決意の握り拳に力を入れる三人に、暖かい笑みが漏れる。
「…任務なんだから仕方ないでしょ。そんな事で火影様を困らせるんじゃなーいよ」
わしわしと頭を撫でてやれば、涙に潤んだ目を向けられてしまう。
「だって!」
「他の先生たちはこんなに忙しくないってばよ!」
子供達に泣きそうな顔で訴えられると、とても弱い。助けを求めるようにイルカの方を向いても、言葉にこそしないものの同じように複雑そうな表情を見せている。思わず、進退窮まった気分になってしまうのはどうしようもないだろう。
「…ん〜。じゃあねぇ。自主トレメニューの他に、一つ宿題を出すよ。質問、たくさん火影様にしちゃいなさい」
そういう困らせ方なら、まぁ良いでしょ。
そう、困ったように言われると、子供たちには成す術もない。元々、大好きな先生を困らせようとした訳ではないのだから。
「じゃ、これ。俺が帰るまでに一曲マスターしてごらん」
俯いてしまった子供たちの手に、それぞれ長い包みを渡す。
「何?」
「三味線。三代目はかなり三味線が上手くてね。気が済むまで教えて貰いなさいね」
へらりと笑うカカシに、漸く笑顔が戻る。
「じゃ、改めて解散。疲れてるんだから早く帰るんだぁよ」
「…じゃ、カカシ先生。私もそろそろ…」
機嫌の直った子供たちを見て、安心したように立ち上がる。それに合わせて、イルカが遠慮深く声を掛けた。
「待って、イルカ先生。送りますよ」
「任務は」
「大した距離でもないでしょう?お世話かけたし、荷物くらい持たせてくださいよ。ほら、お前らも帰るよ」
笑って引き止め、気安く荷物を取り上げると応えも待たずに歩き出してしまう。その様子に、未だ立ち去り難かったらしい子供たちが嬉しそうにまとわりついてくる。
「まだ良いのか?」
「…移動時間が長いからね。多少は平気」
まだ一緒に居られる嬉しさを隠し切れず、無理矢理に作った顰め面で尋ねられ、苦笑する。
「先生、先生、俺ってば、先生がびっくりするくらい上手になっとくからな!」
「はいはい」
満面の笑みで宣言され、その信憑性を疑いつつも頭を掻き回してやる。
「ね、イルカ先生も三味線弾ける?」
「一応ね」
「じゃ、習いに行っても良い?」
「良いよ」
三代目に習いに行く他にも練習したいのか、サクラがイルカの袖を引っ張る。
「またこういう修行して欲しいってばよ」
「…そのうちね」
「礼法の本とかないのか?」
「捜しとくよ」
渡された三味線の包みを慎重に抱えながらもじゃれ付いてくるナルトを軽くあしらい、考え深げに聞いてくるサスケには気安く請け負ってやる。
「…カカシ先生、織姫が増えちゃいましたね」
何だかんだとカカシの傍から離れない子供たちの姿にイルカが揶揄う。
「──────── …増えたのは織娘と織坊主って感じですかねぇ」
くく、と目を弧にして肩を竦める。いつの間にやら、自分の帰る場所の人口は増えていたらしい。
「何の話?」
「ナイショ」
「ケチ〜」
「大人の話だぁよ」
「…カカシ先生は彦星みたいって話」
煙に撒こうと適当な事を言うカカシに水を差し、イルカが教える。
「どういう事?」
「前は、今よりもっと忙しくて、たまにしか里に帰れなかったそうだから」
「カカシ先生、一年に一回しか帰れなかったの?」
「…ん、ん〜…。もっと酷い時期もあったけどねぇ」
「もっと、て…」
「やっぱり、火影のじっちゃんに文句言うってばよ」
「──────────────── …やめといてあげなさいよ…」
|