「…笛?」
「竜笛だよ」
ナルトの呟きにイルカが応える。合流し、暫くの間一緒に蛍狩りを楽しんでいたのだが、不意に柔らかい笛の音が聴こえてきた。真上から聞こえる優しい音色に顔を上げると、カカシの口元に横笛が添えてあった。
子供たちに合わせたのか、正式な楽曲ではなく、里にいれば誰もが一度は耳にした事のある曲ばかりを、多少のアレンジを加えながらいくつも繰り返す。
「カカシ先生上手…」
「…意外な特技だな」
うっとりと聞き惚れていた子供たちの感心をよそに、適当な数の曲を奏し終えると呆れ気味に口を開いた。
「何言ってんの。芸に秀でていなくて、何が上忍。武芸十八般は元より、武家礼法、芸能・技芸は最低限の教養だぁよ」
「最低限って…」
「嘘!」
さっくりと言われた科白に、一瞬前の穏やかな空気が消し飛んだ。
「武芸の他に、何があるんだ?」
「…えっと、確か…舞・打物・管楽器・絃楽器・尺八・三味線・聞香・茶の湯・生け花・書・俳句・和歌、それから…」
「ち、ちょっと待って、イルカ先生!まだあるの?」
「訳分かんなくなったってばよ!」
指折り数えだす『最低限の教養科目』の多さに子供たちが眩暈を起こしかける。
「…まさか、カカシは全部修得したとか言うか…?」
何か、怖ろしいモノでも見るようにサスケがカカシを見上げる。
「当然デショ。最近はその辺甘くなってるけど、大戦前に上忍になった奴なら常識だぁよ」
あっさりと肯定され、目が点になる。しかもこの口振りは、『習得』ではなく『修得』なのである。
「嘘ぉ…」
「あのねぇ。どんな任務が来るか判らないんだから、これくらいは当り前。あらゆる知識がなければ、任務に対応出来ないでしょーが」
「だって!」
「どの職種にも対応出来なきゃ、上忍なんてやってられな〜いよ」
噛み付く子供たちに呆れた口調で返すものの、内心、少し焦る。好奇心でも煽ろうと竜笛を用意していたのだが、逆効果だったのだろうか。
「そう、ね。例えば、偉い人の影武者の任務が来たら?その人の特技が琴だった時、三人は任務遂行出来る?」
「…出来ない」
「…あ…。もしかして昨日の夕食!」
イルカのフォローで、やっと合点が行ったのか、サクラが呟く。
「食事作法も演習の一つだったみたいだね」
山登りに掃除、食事、七夕、竹細工。多分、今着ている浴衣の着付け等まで。全てが修行の一環だったのだろう。そうと解れば、遊び半分に増やしてもらった知識と技能に納得と満足がいく。
「なあなあ。カカシ先生、その笛、俺にも出来る?」
「…覚える気があるなら教えるよ」
「あ。私にも教えて」
「俺もだ」
口々に教えを強請る姿に正直ほっとする。下手に子供の知識欲や興味を殺いでしまったのかと、不安があったのだ。
「ま、追い追いね。今日の所は戻ろーか」
「もう?」
「だって、デートの邪魔しちゃ悪いデショ」
言いながら上を指差す。それに釣られて見上げれば、満天の星が降るように瞬いていた。
「デートって…織姫様と彦星さん?…うん。そうね。デートの邪魔しちゃいけないわ」
夏の大三角形を無事に見つけ出し、織姫と彦星を確認するとサクラが真剣な表情で頷く。どうやら、恋する乙女は他人の恋にも寛容なようである。
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