七夕


「あ〜!サクラちゃん、すっげー可愛い!」
「…悪くない」
「ありがとうサスケくん。ナルトも」
 カカシの手伝いを終え、自分達も風呂に入った後、縁側で女性陣と最後に風呂に向かったカカシを待つ。
 暫く待っていると、どこかの部屋に篭っていたサクラとイルカが姿を現す。いつもと違う装いをした二人に、一瞬きょとん、とするが、すぐに笑いかけると、白地に朝顔の柄が可愛らしい、浴衣姿のサクラをナルトが絶賛し、サスケも珍しく素直に頷く。
「それ、どうしたんだってばよ?」
「あ。うん。イルカ先生が貸してくれたの」
「先生の子供の頃ので悪いんだけどね」
「へー。イルカ先生もすっげーキレーだってばよ!」
 こちらは紺に白百合の染めが艶やかに映る。
 サクラと二人、シニヨンに結い上げた髪には、夏らしい涼やかな簪が挿してある。
「ありがとう。二人もよく似合ってるよ。それ、カカシ先生のでしょ?」
 色違いの甚平を着る二人に笑いかける。サスケが紺でナルトが深緑。風呂に入る直前、カカシに渡されたものだ。多少驚いたものの、夏らしい衣装に喜んで袖を通したのだ。
「あ。はい」
「カカシ先生、こんな服も持ってたんだな。俺、忍服しか持ってないと思ってたってばよ」
「俺もだ」
「いくらカカシ先生でも私服くらい持ってるわよ。…見た事ないけど」
「…じゃ、今見たら?」
 自分達の年には、既に忍として前線にいたというカカシである。どうやっても忍服以外の姿をしているのは想像出来ないのだろう。物珍しそうにお古の甚平を見つめる三人の肩をそっと叩いて母屋を指差す。
「カカシ先生遅いって…」
「…な…」
「…嘘ぉ…」
 振り向きざま、反射的に声をかけようとして、次々に絶句する。
「すまん、すまん。遅かったか?…あぁ。サクラ、よく似合うな。ナルトもサスケもサイズが合ってて良かった…て…ん?どーした?」
 言葉を失った子供たちを不思議そうに見下ろす。
 どうもここ二日間程刺激が強いのか、子供たちに驚かれてばかりである。
「「「カカシ(先生)、かっこいー」」」
 茫然と三人がほぼ異口同音に呟く。
 初めて見た上司の私服はインパクトがあり過ぎた。
 渋い色合いの浴衣は銀の髪に映え、いつもの飄々とした雰囲気を纏う立ち姿がまた、大人の男の人の浴衣姿なぞ滅多に見た事がない子供たちですら「違う」と思ってしまう程、粋に着こなしている。
 いや。
 それはまだ良い。
 どんなに怪しげな格好をしていたって、この現担任が無駄のない、それこそ綺麗なスタイルなのは知っていたから。
 しかし、である。
 額宛も口布も取った完全な素顔を子供たちは初めて見たのだ。これはちょっと凄すぎた。あまりにも格好良すぎる。
 それは勿論、顔のほとんどを隠しているとは言っても輪郭は判るし、毎日のようにカカシに言い寄ってくる里のくの一のお姉さん方同様、悪くない顔の筈だとは思っていたのだが。
 これは、卑怯としか言いようがない。
 素晴らしく整った顔なのは勿論、本来ならマイナスポイントになる筈の片頬を走る縦の傷も、写輪眼を隠す為なのか左目に下ろされた長めの前髪も、男ぶりを上げるアクセントにしかなっていない。
 超一流の細工師にだって再現出来そうにないくらい綺麗な顔と言うのを、子供たちは初めて目にしたのだ。固まってしまっても仕方がない。
「お〜い。お前らどうしたの?」
 間近に覗かれて、手を振られても反応が返せない。いつもの、のんびりした声が心配そうに響くのすら、遠くに聞こえるのだ。
「お〜い」
「…カカシ先生。今は口布してないんですね」
 困りきったカカシの様子を見かねたのか、ゆったりと子供たちの後ろからイルカが助け舟を出す。
「え?ああ。流石に浴衣には合わないでしょ。居るのもアナタとコイツらだけだし」
「そうですね」
「あぁ。よくお似合いですね、その浴衣。サクラの分と併せてお願いしてラッキーでしたね」
「お上手ですね。褒めて頂いても何も出ませんよ?」
 目を細めて褒めるカカシに薄く頬を染める。社交辞令だろうとそうでなかろうと、褒められればやはり照れくさい。
「事実ですよ〜。それより、コイツらどうしましょうか」
「このままではせっかくの素麺が伸びちゃいますね」
「ほらほら。飯にするぞ。折角準備したんだぞ」
 本日の夕食は流し素麺。七夕の定番だが、流して食べるなんて、中々経験する機会もないだろうと企画したのだ。このまま企画倒れは不本意である。
「あ」
「うわ」
「きゃ」
 ぽんぽんぽんと頭を軽く叩いてやると、やっと弾かれたように反応する。
「…疲れたか?」
「だ、大丈夫だってばよ!」
「違う」
「な、何でもないですっ」
 眉を寄せて心配してくれるのはいつもと同じなのに。いつもと同じ反応が返せなくて困惑してしまう。
「…カカシ先生、始めませんか?」
「…そうですね。持ってきますよ」
 不可解な子供たちの様子にかなり心配そうではあったが、茹でた素麺を取りにカカシが室内へ戻っていく。イルカも、縁側に出しておいた盆を取り、三人の元へ持っていく。
「すすすすっげーカッコ良かったってばよ。な、サスケ」
「…おう」
「ま…まだドキドキしてる」
 カカシの姿が消えた瞬間、子供達がしゃがみこんでしまう。特に、女の子でメンクイのサクラの受けた衝撃は大きい。
「…絶対カッコ良いって思ってたけど。いのやヒナタともそう言ってたけどぉ」
 真っ赤になってしまった顔に手を当て、なんとか平常心に戻ろうとする。きっと、赤い顔をしたままでは熱を出したと誤解され、ますます心配をかけてしまう。かなり心配性のカカシの事だ。そうなっては誰のフォローも利かないのは目に見えていた。
「なあなあ、あんな顔だからいつも顔隠してんのかな」
「かもな」
 流石に男の子は同性だけに立ち直りが早い。こそこそと言い合う二人に苦笑する。
「…三人共。そろそろ準備しないとカカシ先生が戻ってらっしゃるよ。折角の流し素麺、楽しまなきゃ?」
 彼らお手製の箸と蕎麦猪口を渡し、夕方の短い時間に男性陣が設置した素麺台の前に押し出した。


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