七夕


「次は何するんだ?」
 竹取りの後、大騒ぎで風呂と食事を済ませた途端、ナルトが懐いてくる。
「んー。習字と紙細工?」
 ナルトを腰にぶら下げたまま、カカシはどこからか硯と筆、それから色とりどりの紙を出してくる。色紙を座卓の中央に置き、間を空けて三人を座らせるとそれぞれの前に硯を置く。その横には、今朝、彼らが集めてきた朝露の瓶。
「この朝露で墨を擦って、短冊を書くんだよ」
 朝露に、切り出した竹、そして目の前の色紙。これだけの情報があれば流石に意図に気付くだろう。それが証拠に、突然サクラが声を上げた。
「短冊…?あー!七夕!」
「はい、サクラ正解。短冊書いたら笹飾りな」
 正解を導き出したサクラの頭を撫でて、墨を手渡す。
「七夕?」
「アカデミーでやったヤツかってばよ」
「そうよ。やぁん。何お願いしよう」
 歓声を上げて作業を開始する三人を横目に眺めつつ、この屋敷に売る程ある忍術書の一つを紐解く。
 実は、カカシがこの屋敷で娯楽小説を読む事はほとんどない。それよりも、書庫にある難解な蔵書を持ち出す事の方が遥かに多い。
 おまけに、習字や笹飾り作成となれば、基本的にカカシには出番がない。ここは、現役アカデミー教師に一任である。
「イルカ先生。朝露で墨を擦るのには何か理由があるのか?」
「字が上手くなるように、って意味があるんだよ。…ナルト、そこ字が違う」
「え?」
 朝露を使う由来をサスケに簡潔に教え、つい目に入ってしまったナルトの漢字の間違いを指摘すると、軽く天を仰ぐ。かなり親身になって教育してきたつもりだったのだが、ナルトは、どうも身につけてくれていないようなので。
「…先生たちは書かないの?」
「…後で、墨が残ったらね」
 まさに、命掛けの形相で短冊を書いていたサクラが顔を上げる。それに曖昧に微笑むと指導に戻る。思い思いの願い事を認めた後は、笹飾りが待っている。三人が持ち帰った立派な竹を飾るには、かなりの量の飾りを作ることになるだろう。飾りの方は手伝おうと考えながら、ページを繰った。



「出来た〜!」
 昼食を挟んで、大量に作った飾りと短冊を吊し、竹を設置する。高さも太さも申し分ない竹は飾りの分も重量が増していたが、なんとか子供だけで立てた。
「あー。立派」
 感心したふりをしつつ、子供に判らないように竹の固定を補強する。万が一にも倒れたりしないように。任務なら指摘して直させるのだが、今回はサービスである。
「先生、先生、次は?」
「次?竹細工〜」
「へ」
「後二本あるでしょ。あれでね」
 未だ横倒しになっていた竹を縁側近くまで持ってくる。道具は忍具でも構わないが、一応、普通の道具を用意した。
「何を作るの?」
「ん〜。まずは上の方を使って人数分の蕎麦猪口と箸と湯飲み。それから俺の徳利かな〜」
 初めての事に好奇心を呼び起こされたのか、サクラが覗きにくる。それを受けて、幾つか簡単に見本を作り上げると、縁側に置く。途端、三人が取り合いながら観察を始める。
「蕎麦猪口と箸は判るが、徳利…?」
「風流デショ」
「…」
 眉を寄せるサスケに軽く言い放つ。竹の徳利を使って飲む酒は風味と香りが移って格別に旨いのだが、子供には理解出来ないのだろう。
「…ま!作れないなら仕方ないけ〜どね」
「…作れる」
「期待してるよ」
 他愛もない挑発に簡単に乗せられてしまう辺り、サスケも充分、年相応で可愛らしい。
 今の彼らと同じ位の年齢の時には、既に上忍として大人すら率いて任務三昧だった自分とは大分違うなぁ、と本人が聞いたら真っ赤になって怒り出しそうな事を考える。
「カカシ先生ぇ、これ、ほんとに忍者の修行になるのかってばよ?」
「ん?何?楽しくない?」
「すっげー楽しいってばよ。でも!修行なんだろ?だから…」
 竹の取り扱いに四苦八苦しながら、複雑そうに見上げるナルトは、いきなり不安になったらしい。
 朝から…否。昨日から楽し過ぎるのだ。大好きな仲間たちと、こんなに長い時間を一緒に過ごしているだけでも十分嬉しいのに、特別任務もなく、言い渡されるのはなんだかんだと楽しい演習(?)ばかり。休みでもないのに、これ以上は過ぎると思ってしまったのだろう。
「なってるよ」
 太鼓判を押しても不安らしい。見てみれば、他の二人も大なり小なり似たような表情をしている。
「…昨日から、今まで。ずっと修行してる。明日の解散まで、きっちりさせるし」
「本当?」
「嘘言ってもしょーがないでしょ。楽しい修行があっても良いじゃないの」
 ひらひらと手を振って話を終わらせてしまう。
 実際、昨日火影岩に集合させて以来、修行三昧の状態なのだ。ただし、いつものような体力作りや忍術修行とは全く違うジャンルの修行をメインにしている所為か、内容と意図が掴めないのだろう。
 勿論、楽しさを前面に押し出して、説明を一切していないカカシにも問題はあるのだろうが。
「…仕方ないねぇ」
 納得のいっていない様子の子供たちの視線に軽く溜息。
「修行の成果、見たい?」
 尋ねてみれば大きく頷かれてしまう。内心で肩をすくめると、一つ、指示を出した。
「竹細工が終わったら、三人でこの屋敷の見取り図を描いてごらん」


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