七夕


──────── 七月六日、早朝。

「早過ぎるってばよ…」
「ね、眠い…」
「ウスラトンカチが…」
 東の空が明るくなり始めた時分に叩き起こされ、子供たちの動きは鈍い。それでも、必死に目を開けて師の言葉を待っている。それを、睡眠が足りているか、前日の疲れを残していないか、ざっと観察確認して問題がないと判断すると、真剣な面持ちで口を開く。
「今朝の任務は朝露取りだ」
 カカシの堅い表情に一瞬気を入れた子供達に、そのまま作った表情で告げ、直後にへらりと笑う。
 言うまでもない事だが、特別ゲストまで呼んだ宿泊演習に重大な任務(課題)なぞある訳がない。それを察知出来ないのは、まだまだ未熟、と言うべきだろう。
 まぁ、寝起きの状態でも上司のちょっとした態度に反応出来た所は、辛うじて評価出来そうだが。
「朝露…」
「取り?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる。朝露は判るが、集める理由が判らないのだろう。
 ただ、言い渡した本人は笑ったまま、その疑問には答えてくれそうにない為、三人で顔を見合わせる。
 疑問は勿論、口にしても良いのだが、実際の任務に就く様になれば、説明を受けられない場合も多い。そんな時には、自力で理解する事も必要になる。そこで、カカシが態と課題の意図や理由を説明してくれない時は、少ない指示や僅かなヒントの中から、意図や目的を汲み取れるよう、自分達で考えるのが癖になってきている。…もっとも、間違った答えを導き出す度、そこはかとない虚しさに肩を落としたカカシによって、訂正を余儀なくされるのだが。
「この下に里芋畑が見えるだろう?その葉の上にある朝露を各自、瓶一杯にしておいで」
 眼下の里芋畑を指し、三人に一つずつ蓋付きのガラス瓶を渡す。決して大きくはない瓶だが、朝露で満たすにはかなりの労力がかかる。どうしたって、里芋全部を網羅しなければ無理だ。その上、もたついていたら朝露は落ちるか蒸発するかで簡単になくなってしまう。半分遊びのような課題だが、さりげなく素早さと正確さが求められていた。
「ほら。早くしないとなくなるよ」
 未だピンときていない子供達を急かす。慌てて坂を転げ落ちる三人に声を立てずに笑った。



「…じゃ次はあっちの竹林」
 里芋の葉の間を、子犬がじゃれるように動き回っていた所為だろう。見事に泥だらけになって戻ってきたのを満足そうに見遣る。それぞれの瓶はそれなりに満たされていて、かなり奮闘したのが窺える。弓形に目を細め、次の指示を出す。
「竹林?」
「竹をね。一人一本。協力して良い。取っておいで」
 笑顔ではあるが、どことなく表情の見えない顔で告げると、不思議そうにしながらも朝露の入った瓶を縁側に置き、指示された方向へ楽しそうに走って行く。どうやら、意図を汲めた者はまだいないらしい。
「素直でいーんだけど、もう少し、察しが良くても良いのになぁ」
「…日頃、遊んであげないからですよ」
 駆けていく姿を見送りながら、軽い落胆の溜息と共に呟けば、背後から呆れた声が応じる。気配を消していた訳でもなく、その上、側に寄ってくる前から気付いていたので特に驚きもしない。
「耳が痛いねぇ。…よく眠れた?」
「…お蔭様で」
 にんまりと細められる目を、ちろりと睨む。ほんの僅かだが声に恨みが籠もってしまうのは、仕方がないかもしれない。子供たちと違い、イルカは熟睡こそしたものの、カカシの所為で完全に寝不足なのだ。
「…あの子たちが戻ったら朝食にしましょうか?」
 何を言っても無駄な相手に、不満を持つだけ馬鹿らしい。にこりと笑うと庭先に出てきた用件を口にする。
「あー。そーね。手伝う?」
「大丈夫です!」
 揶揄する視線にぷい、とそっぽを向く。それがまた、相手の笑みを深くしてしまうのを自覚しながら。
「…ま。取り敢えず先に風呂だぁねぇ。ったく、アイツら泥だらけ」
 肩を竦め、くすりと笑い合う。
負けず嫌いの子供たちが取ってくる竹は、きっと随分立派なものに違いない。


6← →8