「…あ。やっぱりここに居た」
ゆっくりと温泉に浸かり、充分に満足したイルカが、奥まった部屋の縁側にある柱を背凭れに、座って空と庭を眺めているカカシを見つける。無造作に床に置かれた古書は、先刻まで読み解いていた物なのだろう。ふわりと風に弄られてページが進んでいた。
そこは、この屋敷の中で一番空が綺麗に見える場所。昔からカカシの大のお気に入りで、小さい頃は二人で屋敷の主の膝に乗ったり、隣接する書庫の巻物を広げたり(こちらは主にカカシだけで、イルカはその横で見学)した場所でもある。
そして、あまりにもカカシが執心する所為で、呆れた主がその縁側ごと、一部屋丸々、カカシの私室に与えてしまったという、いわく付きの場所である。
「…アイツらは?」
「とっくに寝かせました!疲れてたみたいだし」
振り返りもせずに問うのに答え、そっと手酌を止めさせると相手の手にある硝子の徳利を取り上げ、空の猪口に傾ける。
額宛は勿論、口布すら外し、寛いだ表情で酒を飲む姿に安堵する。そして、他に誰の気配もない気安さに、醸す雰囲気が自然、甘いものに変化する。
「だろうねぇ」
猪口を唇に触れさせたまま、くつりと笑う。その表情に、確信犯である事が知れる。
「カカシさん、あの道使った?」
「当然。修行にもなるしね」
「…もう」
悪びれないカカシに呆れてしまう。
確かにあの道は、一定レベル以下の者の修行には打ってつけだが、所謂近道、抜道に相当するもので、本来のルートとは大きく異なる。
おまけに、使う者を選ぶ。
並外れた実力の忍ばかりが出入りするこの屋敷だからこそ、成り立つ道なのである。
ちなみに、イルカは勿論、正規の道を使っている。急がば回れ、というやつだ。
もう少し話をしていたかったのに、かなり疲労困憊な子供達を心配して早々と寝かしつけたイルカとしては、ほんの少し、恨めしくなってしまう。
「明日もあるから良いでしょ。…それよりイルカ?」
「はい?」
「おいで」
「…子供たちがいるのに…」
空にした猪口を床に置き、当然の顔で軽く腕を広げるカカシに躊躇する。本当に二人きりなら、何も考える必要はないのだけれど。
「寝かせたんでしょ。おいで」
低く甘い声がイルカを誘惑する。
いつだって、そう。
軽い酩酊感すら呼び起こす、カカシの低く甘い声は容易くイルカの理性を奪おうとする。どんなに抵抗しようとしても、その声に逆らう術はない。
「──────── …起きてきても知らないから」
「はーい。…くくっ」
幾分拗ねた声で、それでも素直にカカシの腕に納まると、くるりと膝の上に横抱きに座らされる。共に過ごす時間が極端に少ない所為か、いつからかそこが互いの定位置になっている。
「カカシさん?」
「ん〜。久しぶりの感触」
「…誰かさんが忙しすぎる所為でしょう?」
きつく抱え込まれて、嬉しそうに頬擦りまでされてしまえば、笑うしかない。実際、触れられて嬉しいのはイルカも同じ。
「ごめーんね」
「慣れてるから、平気。…今回、誘ってくれたし」
申し訳なさそうに眉を寄せる相手に甘く笑むと、殊更に抱き込まれる。うっとりと身を任せると、嬉しそうな苦笑が聞こえた。
「ホント、敵わないねぇ…」
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