七夕


──────── 七月五日、集合時間の三時間後。

「はい、うそ!」
 いつものように信じられないくらい大幅な遅刻をした上司を相手に、朝?一番の師弟のコミュニケーションを済ますと、ナルトが飛び上がる。
「先生、今日の任務はなんだってばよ?」
「あ。今日は任務なし。代わりに二泊三日の宿泊演習に行くから」
「へ」
 あっさりと言われた、カカシにしては珍しい演習内容に三人の目が見開く。
 単なる怠慢なのか、はたまた自分たちの監督業務以外に受ける上忍の任務が忙しいのか、里外任務の時ならいざしらず、里内にいるカカシから宿泊演習なんて言い出す事はまず、ありえない。
 しかも二泊だなんて、喜ぶより先に、天変地異でも起こりそうな違和感を持ってしまう。
「三人共、荷造りして一時間以内に火影岩の所ね」
 はい、散開。
 驚き過ぎて、目を丸くしたまま硬直してしまった子供たちにそれだけ告げると、瞬く間に消え失せる。その、あまりの素早さに一瞬顔を見合わせ、慌てて各自の家に散った。


 四十分後。火影岩の前。
「カカシ先生〜!」
 立ったまま、いつもの愛読書を読んでいる上司を見付けて、手を振りながら駆け寄る。サクラが声をかけるより、ずっと前から気付いていただろうに、恰もいま気付いたフリをしながら、本をポーチにしまってくれる。
「ねぇ、今日はどこに行くの?里外?」
「残念。中だ〜よ。ま、でも悪くないと思うぞ。楽しみにしてな」
 くしゃり。
 顔の中で、唯一晒されている右目を弓形に細めて笑うと、サクラの髪が乱れない程度に撫でてくれる。元担任の先生もそうだったが、この師も不思議とスキンシップが多い。それが嫌な訳ではないけれど、ほんの少しくすぐったい。こんな時は、正直に全身で喜べるナルトが少し、羨ましい。
「他の二人はまだなの?」
「すぐ来るよ。気配がしてるから。読んでごらん」
 促すように言われて、周囲の気配を探ってみるが何も感じられない。それでも、暫くするとナルトの騒々しい気配とサスケの薄い気配を探し当てる。確認半分でカカシを振り仰ぐと、良く出来ました、と褒めるように笑って肯いてくれた。
「ナールト。お前はも少し気配消そうね」
 派手な足音と共に腰に飛びついてきたナルトの頭を、些か乱暴にかき混ぜながら苦笑する。
「…カカシ。どこに行くんだ?」
「ん?良いトコ。じゃ、行こうか」
 サスケの怪訝そうな声にへらりと笑うと、子供達を連れて火影岩の横にあった、獣道のような目立たない山道を入って行く。
「こんな所に道があったの?」
「知らなくても無理なーいよ。ここは滅多に使われないからね」
「そうなのか?」
「一応、この先は私有地なのよ。それにまぁ、こんな道だしね」
 くつくつ笑いながら指差す先には、とても一般人には登れそうにない急勾配。
 それは、下忍として修行中の彼等でも息を飲んでしまう程の。
 いや。
 もしかしたら、中忍とか大人の忍だって、一瞬躊躇するかもしれない、崖のような坂道。
 そこをカカシは、まるで平地でも行くかのように進んで行く。
「早くおいで。日が暮れるぞ〜」
 来い来いと手招きされれば後には引けない。大きく深呼吸をすると師の後に続いた。


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