挨拶


「じゃ、皆、これから田植えの手伝いね」
 畦道に積まれた稲の苗(庄屋さん宅から自力搬入)と、目の前に広がる想像以上に広大な水田に子供たちの言葉がなくなる。
 今回の任務の依頼主は隣村の庄屋さん…つまりは村一番の土地持ちな訳で。その水田の所有面積は半端じゃなく広い。
「今回は、効率よりも確実性が大事だからね。的確に素早くやる事。じゃ、日焼けと熱中症に気を付けて各自作業開始」
 呆然と立ち竦む子供たちにパン、と手を打ってやれば俄かに動き出す。
 田植え自体はどちらの班も何度か経験した事がある為、差し当たり作業に対する指導は必要ない。
 ただし、今までと違うのは農家の方が誰一人いないという事。つまり、目の前に広がる水田を自分たちの力のみで埋めなければならないという事である。しかも、今日一日だけで…。
 …勿論、そう仕向けたのは彼らの指導者であるカカシであるが…。
「…ちょっと、広過ぎよね…」
 準備の手を一時的に休めたサクラが呆然としたまま呟けば、
「ウスラトンカチが」
 サスケも苦々しそうに吐き出す。
「…面倒臭ぇ…っつーか、ある意味、髭熊より性質悪ぃ」
「うん…。ここ一週間、さり気にハード」
「…でも、いつもおやつあるし…」
 十班のメンバーもそれぞれ眩暈を起こしかけている。
 七班の三人はとっくに感覚が麻痺してしまっていてあまり感じないようだが、カカシの飄々として掴み所がなく、一見のんびりした口調で課題を与える態度に慣れていない所為で、よりハードに感じてしまうらしい。
「先生、先生、これ背負っても良い?」
「ん。いーよ」
 この先の疲労を考えて他の五人が既にぐったりしているのに対し、解っていないのか、ナルトだけが元気だ。今も苗のシートを背負うのに四苦八苦していて、少し手を貸すと嬉しそうに礼を言ってくる。
 もっとも、カカシから見れば、各自のその反応すら、子供たちの個性が垣間見えて楽しいモノなのであるが。
 たとえば。
 つい現実を直視して、始める前から気力を萎えさせているサクラ。
 口癖こそ呟くが、これも筋トレ代わりと内心言い聞かせているサスケ。
 元々初めからやる気がないので、感想も冷静なシカマル。
 サクラに対抗するつもりが、課題の所為で今ひとつ失敗しているいの。
 実は、メンバーの中で一番、淡々と任務に就くチョウジ。
 そして、口から出る文句こそ多いが、一度行動を開始させると実に前向きになるナルト。
 本音と建前を使い分ける世界に幼い頃から居続けているカカシの目には、素直な子供たちの反応はとても新鮮に映る。
「…あ。そうそう。ちゃんと休憩時間は取ってあるから、それまで間食ナシね」
 たった今、思い出したようにさらりと告げられた言葉にチョウジの動きが止まる。
「空腹をコントロールするのも修行だぁよ」
「…仕方ねぇな。休憩ん時にも食っちゃいけないとは言ってねぇし」
「休憩まで持つように、少し食っとけば良いだろう」
「早くやんないと休憩なくなるってばよ!」
 やんわりとした口調できつくならない程度に規制をかけると、ショックから立ち直れないチョウジを少年達が口々に慰める。その内容がまた、それぞれ『らし』過ぎて内心笑ってしまう。
 それと較べて、女の子の方はどうやら日焼け対策に余念がないらしい。
 まぁ、そういうお年頃でもあるし、何と言ってもサスケを取り合う仲の良いライバル同士。お互い力が入ってしまうのだろう。口喧嘩をしながらも、協力して日焼け止めを塗っている姿がなんとも微笑ましい。
 実は、忍専用の効果的な日焼け防止策もあるのだが、まだ下忍の彼女達には難しいだろう。
 …もしかしたら、チャクラコントロールの上手いサクラならどうにかなるかもしれないが、取り合えずその辺は女性上忍師の紅を上司に持つ、日向宗家の娘辺りから教われば良いだろうと、今回は知らん顔を決め込む。
 大騒ぎで準備を進める様子を暫くの間眺めていたが、子供達を見張るのにちょうどいい木陰を見つけると、そちらに移動していつもの愛読書を紐解いた。


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