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銀の軌跡が月夜の戦場を駆る。
その銀髪は、月に照らされた戦場には本来不向きの筈なのだが。
彼の者は月に浮かぶ己の姿すら武器に変えてしまう。
味方には安堵と畏敬を。
敵には畏怖と絶望を。
その姿一つで戦況を支配する。
木の葉には珍しい狐面に隠されて、内側の表情は全く見えない。
だが、既に見慣れた常の忍服以上に着慣れた様子の暗部装束は、その反応速度すら上げるのか。
気負いのない、殺気…否、気配すら感じさせない素早い動きで敵を屠る、その鮮やかさに暫し視線を奪われる。
あれが…『暗部の銀』。
木の葉に二人居るという、月の一人。
噂の二つ月の片方である『はたけカカシ』が、周囲に写輪眼に頼り気味な忍と見せかけているのに対し、それを完全に封じた上で、基本忍術と身体能力のみだけを巧みに行使している。
ある意味、忍の真骨頂を見せつけてくる忍。
「…成程。正体不明な訳だ」
一人頷く。
その身に宿る写輪眼を全面に押し出し、あらゆる種類の忍術を得意とし、自己の身体能力を隠す『写輪眼のカカシ』。
それとは逆に、全く無駄のない動きで写輪眼の存在を欠片も感じさせない程の身体能力を誇示する『暗部の銀』。
どちらもそのあり方に偏りを見せるからこそ。
そしてまた、どちらに転じても超一流を名乗れる実力を持つからこそ。
実際に同一人物だと知らなければ、無関係の別人だと信じてしまうだろう。
間近で見ても、俄かには信じられない程なのだから。
忍は裏の裏を読め。
よく言われる言葉だが、まさしく、と思う。たった一つの月を二つに見せ、そして敵味方問わず悟らせない。
ここまで見事だといっそ脱帽する。
それでも、言われてみれば確かに共通点は存在する。
月に煌く銀髪という、忍としてはマイナスにしかならないその特徴を武器に転じられる程の実力と、他者を圧倒し平伏させるカリスマ性。
月に照らされ、闇に浮かび上がる姿は正に月の化身。
よく考えなくとも、そんな稀有の存在が二人と居る訳がないのだ。
なんにしても底が見えない。
そんな忍びを初めて見た。
「あー。…ったく」
向かってくる敵にクナイを一閃させると同時に、思考を切り替えた。
「…なあ」
「何?」
「お前の連れてきた奴…ありゃ本当に何モンだ?」
夜も明けようとする時分。敵の後退に合わせて陣営に戻る際に問う。
目の裏に焼き付いてしまった戦場の情景を脳裏から振り払う為だ。
「…聞いたんじゃないの?」
「あ〜。奴ら、お前に聞けとよ。それでも、暗部の秘宝とか、お前の掌中之珠とか言ってたか。まぁ、トラップの腕が良いってのはお前も言ってたからな。実際どういう奴なのか聞きてぇんだよ」
「それでイイじゃない」
「バカ。納得出来るかよ。あんなに隠しやがって」
面倒臭そうな答えに軽く小突く。正体を本気で暴こう等とは思わないが、聞けるものなら聞いてみたい。
「…仕方ないデショ。本当は里外になんか出したくないんだから」
「あん?何でだよ。暗部のクセに里常駐なのか?」
暗部所属で、しかもトラップの天才等と言うからには各前線で引っ張りだこになっていても可笑しくはない筈なのに。
「違ーうよ。真珠は、正式には暗部じゃないかーらね」
「へ?」
「見せないけど、刺青もないよ。アレは苦肉の策なの」
「何だそりゃ」
「だって。存在自体が機密みたいなモンだし」
「…説明しやがれ」
「真珠は里と火影屋敷のトラップを担当してるのよ」
「…!」
それは、里の防衛ラインの最重要拠点とも言うべきもの。その場所のトラップ担当と言うのなら。
里の機密を知っていると言っても過言ではない。
…少なくとも、トラップの強固な場所に機密が存在している確立は高いのだから。
そんな人物を敵に確保されたら。情報を流された里は丸裸になってしまう。
それを回避する為に里に常駐させた上、行動中、暗部の面を被せてその正体を隠すのは理解出来る。
そして、里外に出る際に暗部の最強が同行するのも。
「しかも俺の最愛だし」
「…それは関係なくないか?」
「…あのさ。暗部の銀と写輪眼のカカシの唯一無二の弱点なんだけど?」
まあ、カカシの方は隠してるし、銀の方は存在も知られてないけどねぇ。
さらりと告げられた科白に一瞬動きが止まる。
「…弱点…って、アイツだって忍なんだろう?今の話じゃ里常駐も暗部のフリも仕方ないと思うし、暗部っつーかお前が随行する理由も解った。だが、殊更お前がべったりしてる理由になるのかよ」
随行するだけならともかく、始終腕に抱えて動き回れば、逆に弱点を、機密の存在を敵に晒す事になるのではないだろうか。
「ん〜。里内は割と人も多い所に居るし安心なんだけど、里外じゃねぇ…。それでも中忍位ならなんとかなるけど、暗部や上忍が出てくるとね〜」
「あ?不安なのか?」
誰に任せても不安だから。それならいっそ自らの腕の中で護るとでも言うのだろうか。
腕の中なら安全。
そう言い切れるだけの実力は持っているのだから。
「当たり前デショ。何かあったら困るじゃない。だから、『真珠』を里外に出す時は俺が付き添ってるの」
名を呼ぶ声にどこか含みを感じたが、訳も判らず流す。それでも、カカシが彼の人を大事にしている事だけは判った。
…誰にも執着してるようには見えなかったんだがなぁ…。
初めて見る友人の姿に密かに息を吐いた。
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