ONE


2

「…お前があの銀だったとはなぁ。木の葉の二つ月は実は一つだった、て訳か」
 トラップ位置の確認や戦況、陣形等、軽い打ち合わせを終えたところでしみじみとアスマが吐き出す。
 生きた伝説の呼び声も高い謎の人物が目の前の友人だったとは。
 謎や噂は暴いてみないと判らないものである。
「…何、訳判んない事言ってんの。月が二つも三つもあったら商売上がったりでしょ」
 感心しきりのアスマに不思議そうな目を向ける。いくつもの異名に彩られる所為か、カカシは自身にまつわる噂に全く頓着しないらしい。
「違いねぇな。それより、お前、暗部抜けたんじゃなかったのかよ?」
「あ〜。ま、一応内緒にしといてよ。表向きは抜けた事になってるんだから」
 他の者の目がないのを良いことに面を外したカカシが応じる。
 …背後に暗部が2人控えているが、彼らは端から正体を知っているので数には入れられていない。
「そりゃ構わねぇが…。いつからやってるんだ?」
「何を?暗部?」
「暗部のトップ」
「え?ん〜…。十五年位前?九尾の事件の前だから…」
「…お前幾つだよ…」
「今?26歳」
 知ってるデショ…と続ける相手を前に、瞬時に逆算して頭を抱えかける。
 どこの世界に、たった10歳かそこらで暗部のトップを張れる人間が居ると言うのだろうか。そしてまた、一体いつから暗部に所属していたと言うのだろうか。
 とてもじゃないが、怖くて聞けなかったアスマである。
「…そうかよ」
 あまりにも判っていない相手にそれ以上の質問は諦める。
「で?お前が仕掛けるのか?」
「んな訳ないでしょ。真珠だよ」
「ああ。お前が抱えて来た暗部な」
 艶やかな黒髪以外、カカシの腕と身体に巧妙に隠され、殆ど何も見えなかった小柄な暗部を思い出す。
 背格好からすると、くの一か何かだろう。暗部にくの一は珍しいような気がするが、別に居ても可笑しくはない。
「うん、そう。真珠はねぇ、本当に綺麗なトラップをかけるから」
「ほーう」
 楽しそうな口調に軽く目を見開く。カカシが他人を絶賛するのは珍しい。
「昔ね。俺と先生…四代目が簡単なのを仕込んだらハマっちゃってね〜。俺が任務で家を空ける度に仕掛けられちゃって、大変だったんだよ〜」
「はあ?何だぁ、そりゃ」
「任務予定が1日ズレる毎に仕掛け増やされてさぁ。いくら淋しいからってねぇ」
 昔の家の実情を思い出したのか、くつくつ笑う相手に茫然とする。
「…ちなみに、あの暗部の歳は?」
「俺の1コ下」
「1コ下って…。──────── ちょっと、待て。そんなのがお前相手にトラップ仕掛けまくってたっつーのか?!」
 信じられなかった。
 現在、一流の手によるトラップすら易々と潜り抜けるカカシ。
 いくら、当時はカカシ自身も子供だったとはいえ、音に聞く早熟の天才はトラップにだって精通していた筈である。そんな化け物を相手に、子供の頃からトラップを仕掛けてきたと言うのだ。
 しかも、任務の帰還予定が延びる毎に仕掛けの数を増やして。
 それは、仕掛ける方も掻い潜る方も腕は上がるし、お互いに天才と称されていても可笑しくはないだろう。
 ただ、それ程の天才の存在を、カカシと年も近く、上忍歴も短くはないアスマが聞いた事すらないと言うのは、かなり不思議な話ではあるが。
「そうだーよ。…まぁ良いや。俺、一回戻るね。設置位置教えたら少しでも寝かせておきたいから」
「…おう」
 面を付け直し、のそりと立ち上がる相手に頷く。
「流石に、抱えられてとはいえ、俺のトップスピードに付き合ったんだから疲れてると思うんだよね〜」
「…つかぬ事を聞くが…」
 軽い調子で言われたカカシの言葉に思わず目が据わる。
「何?」
「里からどの位で来た?」
「え〜?真珠抱えてだから5時間位?一応、アイツらの任務終わらせてから来たしねぇ。ま、こんなもんでしょ」
 そうそう。お前んトコの子供たちも元気だぁよ。
 へらりと告げられた内容に、今度こそ脱力する。
 …ココは。
 今回の任地は、中忍なら二日以上、上忍でも丸一日以上はかかる距離にあるのだ。おそらく、足の速い暗部ですら、半日はかかるだろう。
 それを、いくら華奢に見えたとはいえ、人一人抱えて5時間。
 しかも、下忍の子供たち(アスマ班のも含めて六人)の面倒を見た後だと言う。
 常識として、まず有り得ないスピードである。
「アスマ?」
「…いい。行け」
 ぐったりとした様子のアスマを不思議そうに覗き込んで来たが、手を振って追い払う仕草を見せる。
「?うん。トラップの方は明日の夜明けからでイイ?」
「そいつは構わねぇが、お前は後で戻って来いよ。どうも、夜陰に紛れて敵襲がありそうだ。明日のトラップ修復まで凌がなきゃいけねぇ」
 敵を本陣に近付かせたとあっては、木の葉の名折れ。
 そして出来るならば、敵戦力を可能な限り削っておきたい。
 依頼通り、事態の好転を見込めるかどうかは別問題として、最低限の依頼を果たす為の努力は、如何に面倒でもしておくべきなのだから。
 アスマの気持ちが解るのだろう。面の下で微かに笑う気配がする。
「りょ〜かい。二番と三番置いてくから打ち合わせといて」
 いつもの如く軽い調子で頷くと、片手をポケットに突っ込み、後ろ手に手を振ると今度こそテントを出て行った。


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