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三角関数尺

三角関数用のスケールは計算尺の発明されたときとほぼ同時に使われている様ですが、これも時代と共に変化しています。その発展をたどると興味深い物があります。

Mannheim 尺のスケール

初期の計算尺は Mannheim と呼ばれる、表側が A [B C] D 尺で、滑尺の裏側が [S L T] のタイプでした。この計算尺の三角関数尺は Sin がA尺に合わせてあり、しかも分・秒の60進です。A尺に合わせる事により答えが2サイクル取れますから、Sin は 35分(約0.01)から 90度(1.0)の広範囲を一度にカバー出来ます。Tan 尺はD尺に合わせてあり、約6度(0.1)から 45度(1.0)の範囲となっています。


K&E 4053-3 の三角関数スケール

なぜこのように非対称になっているかと言うと、これらの三角関数の値を読み取る方法の一つに滑尺を裏返しに差し替える、という方法があります。やって見れば判るのですが、 Sin の目盛りの相手はA尺で、 Tan の相手はD尺になります。どこにもそんな事は書いてないのですが、これがひとつの理由では?と推測しています。

計算尺が発明された初期は通常の計算はA尺とB尺を用いて行われました。C,D尺を用いるのに比べて精度が半分に落ちますが、求めたい答えが尺からはみ出て、もう一回やり直す、「オーバースケール」が起きにくいからだと言われています。ですから Sin をA尺にあわせる事は、別にびっくりする事ではないのです。

Deci-Trig(10進)

頻繁に三角関数の角度自身が式で計算されるような場合、60進法よりも10進のほうが便利です。そこで 10進方の角度表示の三角関数尺が使われるようになりました。


K&E N4081-3

これらの尺はすべて1サイクルの尺、D尺を参照します。T 尺と S 尺に赤い数字がありますが、これは Cotangent と Cos の目盛りです。そして T, S の黒文字は右に傾いていて、Cot, Cos の赤文字は左へ傾斜しています。これは数字の増加の方向を「身をもって」示しているのです。

中央にある ST尺は6度以下の 微小角の場合 Sin と Tan はほぼ同じなのでスケールを共用する尺です。誤差は6度において約 0.5% で、角度が小さくなると誤差は減少します。

この尺を見るとD尺は有りますが、それに対応するC尺がありません。実はこちらは裏側で、表側にはCF、DF,D,Cと通常のセットが有るのです。この計算尺で三角関数を使う時には、カーソルを介して表から裏へ来て、 Sin/Tan の値を得て、カーソルを介して表へ戻ります。

SRT 尺

これは Keuffel Esser 社だけなのですが、後期の 10進の尺は ST の代わりに SRT 尺となっています。


K&E 4081-3

SRT の "R" は Radian で、微少角のラディアンと度の変換を意味しています。実はスケール自体は通常の ST 尺と同じです。

A を度で表した角度、Rをラジアンで表した角度とすれば、微少角の場合、R ≒ sin(R) ですから、SRT 尺に「度 A」をとれば D 尺にラジアン角 R が求められます。



SI/TI 尺

Hemmi の尺では SI, TI と言う三角関数のスケールがよく使われています。これは通常の Sin/Tan に対して反対方向に目盛ってあるスケールで、Inverse と言う意味です。Hemmi の特許だそうです。
この尺には Tangent尺が2個 (TI1, TI2) 有ります。 TI1 は通常のスケールで、TI2 は 45°から 84°までの範囲を読むスケールです。


Hemmi 250

順目盛りの場合は裏の目盛り線に角度を合わせると、sin/ tan は滑尺C尺に出ます。これに対して逆目盛りの場合は固定尺D尺へ値が出ます。D尺から計算を出発すれば連続演算が出来ますので、例えば a*b*sin とか、a*sin/b の計算が数値を置きなおす事無く可能となります。 これに反し順尺では a*sin 又は sin/a の一回の演算しか出来ません。もっともこれには反論が有って、a*b/sin のような sin/tan で割る計算だと今度は順尺の方が有利なのです。

Hemmi の取り扱い説明書には逆尺の計算例として、Sine Proportion, 直角三角形の解法、ピタゴラスの定理 Sqr(a2 + b2) の計算法などが紹介されています。これらの計算は逆尺の方が圧倒的に速いそうです。

SI2/TI2 尺

更に Hemmi には SI1, SI2, TI1, TI2 と言うスケールを持った尺があります。(兵学校尺初期の2664) この場合、SI1, TI1 が通常の範囲のスケールで、SI2, TI2 は6度以下の小角度の為のスケールです。
この尺は6度以下の角度に対して Sin, Tan の独立したスケールを持っています。上に微小角の為の Sin/Tan 共用の ST 尺を紹介しましたが、Hemmi の SI2, TI2 尺は6度における共用による誤差 0.5% が許せない用途の為に作られたのでしょう。


Hemmi ???

この TI2 尺には更に面白い工夫が凝らされています。尺の中央あたりの2度の目盛りより右側は全く別の目盛りとなっていて、Tan (45) - Tan (70) の目盛りになっています。2度以下では Sin と Tan は誤差 0.05% で等しいので、これより小さい角度は共用してもらって、その代わり余ったスペースで Tan 45 - 70 の値を得る目盛りを打ったのですね。


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