Destiny Third

約束の記憶
20.サイボーグ

 パッと目を開けると、一瞬、夢を見ているのかと思った。
 夢って言うか……どっちかって言えば、デジャヴ?
 金色の長い髪と少し憂いを帯びたターコイズブルーの瞳が目に飛び込んでくる。
 カームさん……があたしの枕元にいた。
「カーム、さん?」
 声を掛ければ彼女はにっこりと微笑み
「ルイセ、気がついたようですね」
 そう柔らかく言葉を掛けてくる。
 ……気がついた?
「ココ、どこですか?」
 レイス星の大地の塔で天塔の八姉妹の長女レムル・デュナンとやり合った後の記憶がない。
 いつの間にかあたしはどこぞへと移動させられている。
「ここはマイン星です。レイス星で攻撃サイキックを初めて使いましたね?それ以前にあなたは強い催眠状態にあった。その二つから憂慮して、マイン星に連れてきてもらいました」
 と、カームさん。
 そうだった、カームさんは回復サイキックのエキスパートだった…。
 それにしても、マイン星に連れてこられてるなんて気づきもしなかったよ……。
「それよりも、ルイセ少し質問させてください」
 深刻そうな顔だったので、黙って頷く。
「これは、何本?」
 と、指を出す……。
「一本ですが……」
 人差し指を見せられる。
「そう、じゃあ。これは、何色?」
 カードから一枚抜き取った紙。
「ピンク……」
 全面にピンク色が塗られている。
「……あのぉー、何の意味が……」
 疑問に思うあたしをよそにカームさんはマグカップを差し出す。
「これの味と香りは?」
 色はコーヒー色。
「香りはコーヒーかな?味は………もコーヒーですね」
 おいしい……、キリマンジャロかなぁ?
 ってアルゴル太陽系にキリマンジャロはないか。
「マグカップに触った感じは?」
 陶器のマグカップ。
「つるつるしてる表面」
 って……ホントになんでこんなこと聞かれてるの?
「PSIに目覚めた者はどこかが五感のどこかが変化するものです。変化がない場合は攻撃PSIに特化していると言うこと。一応の確認だと思ってください。やはり、あなたは攻撃PSIに特化していたのですね」
 と、言いながらカームさんはケーキを勧めてくれた。
 そう言えば、コーヒーカップが二つ。
 誰かの食べかけのケーキ。
「カーム、あたしのケーキ食べてないわよね!!」
 そんな声と共に人が入ってくる。
 藍色の髪に藍色の瞳。
 好奇心いっぱいの瞳があたしに向けられる。
「紹介しますね。ラミア・プリマスのフィスト、エルナ・ルートです」
「ガイのパートナー、PSIショックから目が覚めたのね。おはよう」
 おはようございます。
 唐突に挨拶されて思わず戸惑う。
「ケーキ食べる?」
 自分はケーキを食べながら聞いてくる。
「エルナ、ルイセが困ってるわ」
「ごめん。で、ガイのパートナーは慣れた?」
 といたずらっ子のように微笑む。
 えっと、何て答えたら良いんだろうか……。
「ケーキ食べるよね」
 え、断定ですか?
「あーん」
 一口大に切られフォークに刺されたそれをあたしに向ける。
 食べろって事?
「はい」
 無邪気な笑顔をあたしに向けるエルナさん。
 この人は、一体いくつなんだろうか。
 思わず思ってしまった。
 あまりにも無邪気すぎる。
「食べないの?」
「あぁ、いただきます」
 ってケーキは食べたいよ。
 それを口に入れればケーキの味が口いっぱいに広がる。
 生クリームは濃い味でおいしいし、スポンジもふわふわ〜。
 おいしくって幸せっ。
 なんか、久しぶりにケーキを食べたような気がする!!!
「おいしい?」
「はい、おいしいです〜」
 エルナさんに聞かれてあたしは素直に答える。
 もうちょっと食べたいなぁ。
「ところで、エルナさんは何でマイン星にいるんですか?」
 食べかけでないケーキをいただきながらあたしは素朴な疑問をエルナさんに向ける。
 たまたまかな?
「ん?ウィルに呼ばれたからよ」
「ウィルさんに、……ですか?」
「そう」
 と、言ったエルナさんの顔はどこか悲しそうなのは気のせいなのだろうか……。

「ウィル、アンクルだけでなくティラナ全員を呼んだ理由、説明してはもらえぬか?」
 大統領は厳しい視線をウィルさんとクェスさんに向ける。
 今、大会議室には各惑星のフィストセチスそしてティラナが勢揃いしていた。
 ケーキをエルナさんやカームさんと食べていた時、ガイがあたし達を呼びに来たのだ。
「星の我儘、星の願いについて全員が知るべきだと思ったから。ですよ。それがたとえ他愛のない願いだとしても。我々はそれに巻き込まれて振り回されている。アルゴル太陽系の裏を知る我々は知っておくべきだと言うことです」
 ウィルさんはそう大統領に向かって言う。
「いきなり消えて、いきなり現れてそれかよ?ウィル」
「まぁね、何も言わないで消えたことは済まないと思っているよ」
 悪態をついたカルロさんに対しウィルさんは和やかに微笑む。
 その笑みにカルロさんは毒気を抜かれてしまったのかそれ以上何も言わない。
「シャル、ナユタを呼んで欲しい。それからアルス、彼女を」
 ウィルさんの言葉にエルナさんの隣にいた男の人が頷く。
「彼がラミア星のプリマスのセチス、アルス・サラだよ」
 ガイがこそっと教えてくれる。
「理由は?」
 シャルさんはウィルさんの言葉に納得がいかないのか理由を聞いてくる。
「ナユタはレグルト人。純血の彼らの特徴は必ず双子であると言うこと。ちなみに大統領やレイナは純血じゃないから双子ではない。ナユタには双子の姉がいるんだよ」
 そう言ったウィルさんの言葉にシャルさんは納得したのかナユタを呼ぶ。
 ナユタが入ってきた後に、アルスさんと女の子が入ってくる。
 ナユタに似ている。
 でも黒い髪に金色の瞳、耳はとがっている。
 その半身は何故か動きずらそうにしていた。
「リニア、動きづらいかい?」
 入ってきた彼女……リニア……にウィルさんは問い掛ける。
「大丈夫。アルス様はさすがにサイバネテックの権威だけあるよ」
「それは良かった」
 リニアの言葉にウィルさんとアルスさんが微笑む。
「ナユタ、久しぶり」
「リニア、久しぶり」
 リニアはナユタと双子というウィルさんの言葉通り並ぶとよく似ていると分かる。
 そのレグルト人の長女のみに現れる特徴、目は金色でとがる耳、を抜かせば。
「頼んで良いかな?星の記憶、星の我儘。それを見せてもらえるのを」
 ウィルさんはリニアに問い掛ける。
「構わないよ、ウィル様。それはレグルト人の使命だ。ライア様の記憶、彼女の願い。そして、全ての想いを見せることを」
 リニアはそう答える。
「彼女が知っていると言うのか?」
「変えることの出来ない事象。でもそれは彼女が望んだ事象。僕たちすらも願う事象」
 シャルの言葉にウィルは首を横に振る。
「ナユタは何も知らない。リニアも知らない。でも彼女たちはその使命と宿命のままに僕たちに記憶を見せることが出来る。僕たちの記憶。僕たちの魂の記憶とでもいった方が正しい。僕たちは他愛のない願いの元にいるんだよ。僕たちすらも願う願いの元にね」
 そうウィルさんは言う。
 共にいたい。
 それが願い。
 あたしはそれを先に知っている。
 それを改めて知らされて何が変わるというのだろうか。
 フラッシャーは誰?
 あたしはガイが好き。
 でも、フラッシャーがガイじゃなかったら?
 共にいたいという願いは叶えられないんじゃないのだろうか。
「初めても良いですか?」
 リニアがあたし達を見渡しあたしにその視線を向ける。
「構わない。私はもう覚悟している」
 そう大統領の言葉にリニアは頷き、ナユタと目を合わせる。
 そして聞こえる言葉。
「世界の始まりの時 星命の木の下で 落ちる星の声を聞く 欠け満ちる月と共に 登り沈む光と共に 星はその願いを聞き届け、星は我儘にそれを語る 今は語られることのない遠い記憶 遙か昔の物語」
 二人の声が重なり、どこかへと連れて行かれる感覚を覚える。
 それは、過去か、星の記憶か。
「ライア様、覚醒をお待ちしておりました」
 リニアはあたしに言う。
「覚醒って言われても、よく覚えてないよ?」
「覚えてなくて良いのです。何度も願った彼女の話をお教えいたします。そしてあなた方は全てを知ることとなる」
 彼女とナユタは目をつぶる。
「彼女は願った。共にあれるように。永遠にあれるようにと……」
 とわ……に?
 彼女は奏でる。
 低い音を。
 そして、思い出す記憶。

******

 パルマ歴1591年 青の月
 自室で王女であるライアは側役の人間に怒鳴られていた。
「ライア様、いい加減にしてください。あなたももうすぐで成人の儀を執り行うのですよ?それなのに、どうしてそんなにやる気がないの!!!」
 ライアの側役のレイリアは側役という立場の他に友達という立場もあってそのせいで最初は敬語だったのが、興奮が収まりきらないのか気安くなっていた。
 ライアはパルマ星を統治する王家の王女で王位継承者でもあるが、彼女は今ひとつ王位継承者という意識がなかった。
「いやよ、あたしは普通で育ってきたのよ。普通がいいの。いきなり王位継承者って言われたって、はいそうですか。って了承出来ると思う?」
 ライアはため息をつきながらレイリアに向かって言う。
 別にライアは庶民的生活をしてきた訳じゃない。
 生まれたときから王城で過ごしており、幼い頃から王位継承者として育てられてきた。
 ただ、庶民的感覚を養おうと、出来るだけ一般の友人を作るように周りが特に女王夫妻が指示していたわけだが。
 その為、ライアは庶民的生活にどっぷりつかっていた。
 ただでさえ普通じゃない王女としての生活を強いられている。
 それが鬱憤となって王位継承者としての意識を無理矢理消しているというのもあるのだが、今は全く別の意味で普通にこだわっているのだ。
「いくらなんだって、王位継承者の配偶者が一般人って言うわけにはいかないでしょう?」
「父様と母様は恋愛結婚だった」
 レイリアの言葉にライアは知ってるだろうと言わんばかりの顔を見せる。
 王位継承者であるライアは、婿を取らなくてはならない。
 彼女には将来を誓い合った人間はいない。
 もちろん、恋人すら。
「……確かに女王陛下と王殿下は恋愛結婚だったと聞き及んでいます。でも、女王が王殿下と結婚出来たのは、王殿下が、この国でも有力な貴族だったからですよ?ライアの場合とは違うの。それとも誰か好きな人でもいるわけ?」
 レイリアの言葉にライアは言葉に詰まる。
「誰って……」
「言えないのなら……」
 レイリアが次の言葉を吐こうとした時だった。
「ライア、悪い、ちょっと匿ってくれ」
 と窓から飛び込んでくる、男が一人。
「ふ、フラッシャー。匿えっていきなりどうしたのよ!!!」
「聞かないで、匿ってくれ」
 そう言ってライアの背後に隠れる。
 彼女の背後は丁度どこからも死角となっていてライアが動かない限り見えることはない。
「失礼する」
 フラッシャーが隠れた後に一人の将校が礼儀正しく入室する。
「フェイ。どうかなさったのですか?」
「こちらに、フラッシャー、カイル、ディアスの三人のいずれかが飛び込んでは来なかったでしょうか」
 フェイの言葉にライアとレイリアはフラッシャーが飛び込んできた理由に察しがついた。
 上官であるフェイを怒らせでもしたのだろう。
 今、フェイがあげた三人は問題児としてこの国に広まっていた。
「来てはいませんよ?もし来たらフェイが怒っていたと知らせておきますね」
「よろしくお願いいたします。王女」
 とライアの言葉にフェイはうなずき、入ってきたと同じように礼儀正しく出て行く。
「で、何やったの?」
 ライアはフラッシャーが隠れている死角に顔を向ける。
「ハハハハハ……」
「笑って誤魔化さない!!!」
 平和な時間だった……。

 パルマ歴 1592年 赤の月 女王の部屋
「女王陛下、どういう事ですか?ライア…様を連れて逃げろとは」
「フラッシャーの言うとおり、母様、どういう事なの?」
 ライアとフラッシャーは突然、レイチェル女王に呼ばれ彼の部屋へとやってきた。
「もう、この城は持たないでしょう。このままではイレニアに滅ぼされます。あの四人の魔女。あの者達にかなう者は今この国にいない」
 女王は厳しい顔でそう告げる。
 イレニア。
 パルマの一地方の一つだったのだが、四人の魔女と呼ばれる者がその地を支配しており、たびたびパルマ王家の領地に争いを仕掛けていた。
「イレニアとならば、私も戦います」
「なりません」
「何故?」
「分かっているでしょう。魔女にかなう手段が今我が国にはない」
 女王の言葉にライアはうつむく。
 魔女のとる手段はパルマでは対抗出来ないものばかりだった。
 いや、どこの国でも手段は対抗手段はとれないだろう。
 なぜなら、その『手段』がまったくの不明なのだから。
「畏まりました。無事王女をお連れし、イレニアとの戦いに勝つ手段を見つけて参ります」
「頼みます、フラッシャー」
「フラッシャー。私は了承してない。そんなの認めない。ここに残って戦う」
「この城は無事にある。女王陛下も健在だ。逃げるんじゃない、勝つ手段を見つけに行くんだ」
 そう言ってフラッシャーは強引にライアを連れ出す。
「勝つ手段ってどこにあるって言うのよ!!!」
 ライアの叫び声にフラッシャーは答えず熟知している城内の隠し通路に入り込む。
「奴らの手段が分からないのは、その発動箇所を見つけていないからだ。フェイとランス、リーネ、アルス、アイナにエリス、それに女王陛下これだけ魔法の達人がいるのに見つからないのは内部じゃなく外部で何者かが発動場所を特定させないように邪魔しているからだ」
 冷静に現在の状況をライアに説明しているフラッシャーの態度に彼女は納得いかない。
「だからって」
「女王陛下はそこを動けない。動いたらホントに国は滅ぶ」
「どうして、そんなに冷静なのよ」
 逃げろと言われて納得いかない。
 彼女はこの国を守るために女王となる道を選ぼうとしていた。
 だが、国から逃げることは王位継承権を放棄することだ。
「お前がいるからだよ」
 先を歩いていたフラッシャーは立ち止まりライアを見つめ
「ライア」
 と言った。
「私がいるから…?」
「そう」
「私が次期女王だから?」
「それだけじゃない」
 ライアに向ける視線は優しい。
「フラッシャー……?」
「ライアが好きだからだよ。だからオレは君を守りたい。王女とか次期女王とか関係なしに」
「私が好き……?」
 フラッシャーの言葉にライアは恐る恐る問い掛ける。
「そう」
 フラッシャーは笑顔を見せ、ライアに言う。
「今、言う事じゃないし、それにオレの独りよがりかな?」
「違う……。フラッシャー、私もあなたが好き。あなたのこと愛してる」
 そう言ったライアにフラッシャーは驚く。
「だから、ずっと側にいて」
「ライアっ」
 腕をひき、フラッシャーはライアを抱きしめる。
「どこにも行かないで。何度生まれ変わっても側にいて。ずっと愛してる。何回生まれ変わっても私は、あなたを愛してる」
 ライアは思いの丈をフラッシャーにぶつける。
 ずっと隠していた想い。
 ずっと隠し続けていた感情。
 今がどういう状況か理解している。
 でも、今を逃してしまったら言うときがなくなってしまう。
 そんな恐怖がライアを包む。
「オレも愛してる。どこにも行かない。ずっと君の側にいる。何度生まれ変わっても側にいる。何回生まれ変わってもオレは、君を愛してる」
 そのフラッシャーの言葉にライアは彼の胸で涙を流す。
 恐怖が不安がフラッシャーの言葉に包まれて流れていく。
「何度も生まれ変わろう。そうして君の側にいよう。そして君を愛そう。約束する」
「二人だけの約束?」
 フラッシャーの言葉にライアは嬉しそうに微笑む。
「そう、二人だけの約束」
 同じようにフラッシャーも微笑み、いたずらっ子のような笑顔を交わし合う。
「私も約束するわ。何度も生まれ変わって、そうしてあなたの側にいる。そしてあなたを愛する。あなたと私の約束」
 そうして、世界は彼女の願いを叶える。
 それは我儘となり世界を回る。
 周囲を全て巻き込んで……。

******

 それが、彼女の願い…。
 彼女の思い。
「ライア様の願いは、ウィル様が言うように、他愛もない願いだった。ただ、一緒にいたい。共にありたいそう願うただ一つの願い。でも、二人だけが願ったんじゃなかった。誰もが願ったんだ。一緒にいたいって」
 リニアはそう静かに言う。
「フラッシャーは誰なの?」
「それは、あなたが気付くことだよ。ライアさ……ルイセさん。あたしとナユタが教えてあげられるのはココまで。もう気付いているとあたしは思うんだけどさ」
 そう、リニアは微笑んだ。

Copyright (c) 長月梓 All rights reserved.