星の願いと我侭
8・自然の摂理
「休暇に入る前に一つ、千瀬ちゃんに話しておきたいことがあってね」
ウィルさんのそう言う姿はどこかつらそうに見える。
「話しておきたい事って何ですか?」
夕方。
太陽が少しずつ沈んでいき暗くなっていく執務室で机の所にいるウィルさんの表情を逆光と夕闇とが少しずつ隠していく。
部屋に明かりをつけてないために、窓際にはいないクェスさんの姿はすでに夕闇に紛れている。
「経度と緯度、同じ場所にあると言うことを知ってる?」
そんな戯れにも似たような言葉をはき出していくウィルさんにあたしは何かを感じずにはいられない。
身に覚えのある感覚………。
地球からこのパルマに連れてこられる前。
そう、ライブハウスの前で知音と話したときだ。
ほんの数日前の事なのに、なんだか忘れてた。
あぁ、でもその時の感覚に似てる。
あたしも何かあの時感じてたんだけど、知音の
「カナが心配してるから」
の言葉であたしは信じたくないと思ったんだ。
「お二人とも、どこかに行かれるんですか?」
口に出して気付く。
どこかに行ってしまうんだ。
ちょっと出掛けてくるとか、そんな簡単なたぐいの物じゃなく。
確実に姿を消す、それに似たような何か。
「君は、案外勘がいいのかな?それとも、君の能力のせいか?」
「ルイセの能力はメインは直接攻撃型。けど、サブとしてそう言う能力がありそうね」
ウィルさんとすでに姿が夕闇に紛れてしまっているクェスさんがそう会話する。
「二人とも、誤魔化さないでください」
ガイだけをどこかにやって、あたしを呼んだ理由。
それは何なのか当たり前だけど、あたしには見当がつかない。
「僕はね、常々考えていたんだ。他人の運命に巻き込まれたくないとね」
唐突なウィルさんの言葉にあたしはとまどいを隠せない。
「ど、どういう意味ですか?」
「君はまだ知らなくていい。意志に望む望まないに限らずの事だからね」
ウィルさんの言葉の意味が分からない。
「言うなれば…そう、この『星の我儘』なのだから」
「星のわがまま?」
聞き慣れない言葉。
星がわがままを言うのだろうか…。
「わかりやすく言うならば、自然の摂理というべきか。この星に生まれた人間は全て『星の我儘』に左右されているんだ。我儘というか願いというか。僕はずっとそれを変えたいと願っている。『星の我儘』に左右されるなんて事ばかげていると。でもそれすらも…『星の我儘』なのではないのかと思ってしまうのだけどね」
そう言ってウィルさんは苦笑する。
「ともかく僕たちは行くよ。後はよろしくね」
そう、ウィルさんは言った。
結局、あたしはウィルさんの言葉の意味をくみ取れないまま、宇宙船に乗っている。
そう言えば、「後はよろしくね」って言われた後、「休暇って言われたんですけど」ってつっこみ入れたらウィルさんは笑って「そうだったねぇ」なんて言われたんだけど。
「どこに行くの?」
パルマの宇宙港を出港してパルマの上空に止まっている宇宙船イスア。
ガイとあたしが自由に使っていい船なんだって。
っていうか、ガイの私物といった方が正しいみたいだけどね。
イスアは結構大きい船。
周囲にあった船よりかなり大きい。
そう言えば、前に乗ったレニアスよりも大きいかも。
「さぁ」
ガイは、ここで待つようにって言われたらしい。
ウィルさんから。
「イスアなんて持ち出してどうするつもりなんだろう」
「どういう事?」
「イスアはパルマ星プリマスの専用船。アンクル用って言った方がいい」
「へぇ………??!」
なんか、今聞いたことのない言葉が。
「俺のは、というかティラナ用はイスアじゃなくってシュレストだよ」
……えっとプリマスって言うのが情報機関で、ティラナって言うのがあたしやガイのことで、…………。
「ガイ、アンクルって何!!」
「…………説明しなかったか?」
聞いてない。
今初めて聞いた言葉!!!
「アンクルって言うのは、フィストとセチスのパートナーシップのことをアンクルって言うんだ。もっとも、滅多に使われない言葉だから今まで言わなかったし、聞かなかったようなものだからな」
そ、そうなんだ。
この分じゃまだまだガイに聞いてない言葉多いかも知れない………。
ふ、不安だ………。
『ピピ、ピピ』
音が鳴る。
「何、何の音?」
「通信アラーム。おそらくマリーチだろう。こちら、イスア船」
『こちら、小型船デメイン。イスアなんてずいぶんでかい船持ってきたんじゃないの?』
「俺が持ち出した訳じゃない、ウィルに渡されただけ。デメインの着艦許可を出すぞ」
『了解〜』
小型船が視界に入る。
あれがデメインなのかな?
「前に乗ったレニアスと同型機のデメイン。シュレストも同型機だったかな?俺はそう言うことに関してあまり詳しくはないから。詳しく知りたいのならマリーチに聞くといい。あいつはこういうのは趣味だから」
別にそれほど興味はないかな?
返事を曖昧に濁して最初の疑問に戻ろう。
「で、どこに行くの?」
「俺も知らない。マリーチが知ってるはずなんだけど」
ガイも知らないって…いったいどこに行くんだろう。
「地球だよ」
イスアの管制ブリッジに入ってきたのはマリーチと理奈。
「どういう事だ?俺は聞いてないぞ」
入ってきたマリーチにガイは突っかかっていく。
「言わなかったっけ?」
「聞いてない!!」
「ガイはテレパスだから言わなくても分かるかなぁって思ったんだけど」
「ふざけるな!言わなくちゃわかんないだろう」
「はい、それ俺の台詞!!!これでガイは学んだかな?」
「マリーチ!!!」
完全に…マリーチにからかわれてるわ、ガイって。
「マリーチ、地球ってホント?」
あそこに帰る?の。
帰るという表現が正しいのか何故か思わず首をかしげてしまうけれど。
「理奈がね、家族に言ってきてないのはやっぱり問題だって。家族も心配しているだろうし。と、まぁ当然のことなんだけどさ」
……問題…心配…か。
「マリーチと一緒に家出しますって言わないと。ママも実際家出した人だし?説得は出来るかなって」
明るく理奈は言う。
理奈のお母さんは理奈のお父さんを好きになって家出した人らしい。
未だに仲がいいと理奈は楽しそうに言う。
「だからわたしはパパとママにとって邪魔かもなんて」
明るくいう事じゃないと思うよ、理奈。
「ラブラブで子供放って出掛けちゃう人達だもん」
いや、そう明るく前向き(なの?)に受け取れる理奈がすごい。
「千瀬は、カナにちゃんと言うんだよ」
人のこと棚に上げて、理奈は言う。
「そうだね…」
苦笑いを浮かべてあたしは理奈に返事をした。
3つ上のカナは、何でも良くできた。
自慢の姉だった。
大好きだったはずなのに、いつの間にかあまり近寄りたくなくなった。
知音の存在のせいかも。
幼なじみの知音。
あたしは知音を好きになって、知音はカナを好きになった。
どうあがいてもあたしはカナの妹でしかない。
何をやっても、何をしても。
あぁ、やっぱりカナはコンプレックスになってるのかも知れない。
遠く離れて気付くなんて、おかしいかも知れないけれど。
「大丈夫、千瀬」
「え?だ、大丈夫だよ」
理奈に顔をのぞき込まれてあたしはあわてて頷いた。
「そう言えば、ガイ、『謎組織パルマ』は大丈夫なの?あたしと理奈は『謎組織パルマ』に捕まらないために、地球出たんだよね」
「おそらく問題ないだろう。周辺索敵には現れる様子はないし。それよりどうするんだ。地球には行くのか?」
ガイの言葉にあたしは考える。
「…………。地球に行ったとしても、降りるか降りないかを決めるのはお前だ。だから1日で決心なんてそう簡単に決められる訳じゃないだろうけど」
「一つ、聞いていい?」
あたしは、ふと疑問に思ったことをガイに問い掛ける。
「『パルマ』に狙われてる実感ていうのがないし、このまま、帰るのはだめ?あたしはまたこっちに帰ってこなくちゃならないの?」
理奈は、何にも考えてないみたいだけれど。
あたしは、帰りたいとか帰りたくないとかそう言うのもよく分かんないまま、聞いてみる。
それにデューク・シェルが『パルマ』に荷担してる人間なのなら、あたしや理奈のことを狙ってもおかしくない。
でも、あの時はそんなことなかった。
どちらかといえば、ガイの方を意識してると思えた。
「……………………ごめん、地球には返せない」
ガイはそう言った。
何で謝ってるのか、結局教えてくれないままガイは黙り込んでしまって考えても答えが出ないまま地球に到着してしまった。
宇宙船で、現実離れの出来事を過ごしてみると、一日でつく距離が近いのか遠いのか距離感が分からなくなってしまう。
「じゃあ、わたしは先にママ達に逢ってくるね……。千瀬、一応カナにはわたし言ってあげるけど……。やっぱり千瀬も言った方がいいと思うよ」
そう言って理奈はマリーチと一緒に先に行ってしまった。
あたしは結局考えがまとまっていない。
カナに会って言うべきか。
親に会って言うべきか。
言った方がいいなんて事よく分かってる。
どうしたらいいのかもちゃんと分かってるのに、踏ん切りがつかない。
このまま会わない方がいいような気がして。
会ったらあたしはどうしていいかますます分からなくなる。
「どうするんだ?」
ガイはそう問い掛ける。
「名前、呼んでくれないんだね…」
ふと思った。
「………………そ、それは」
「あたし、やっぱりカナに会う」
そう言ってあたしはイスアの転送装置に向かった。
イスアは今地球上空にあって、地球に降りるためには転送装置を使うんだそうだ。
そこからにはすでに理奈達が降りたこともあって目的地がきちんと設定されていた。
「………あたしは、どうしたいのかわかんないよ」
一晩考えて、やっぱりどうしても帰りたいとも思わないし、帰りたくないとも思わない。
でも、……何かを忘れているような気がして。
カナなら分かるような気がした。
コンプレックスかもしれないけど、一番の相談相手だったんだ、ずっと。
「千瀬っっ」
降りた地球は、日本は、家の近所は夜の闇が近づいていた夕暮れ時だった。
聞こえた声の持ち主は黄昏時の色にすでに染まっている。
「…か…カナ…お姉ちゃん」
そこにいたのはカナ。
ついた場所はあたし達がよく遊んでいた懐かしい公園。
理奈からあたしの家まではちょうど中間にある…公園。
「理奈から聞いたの!!千瀬、あんた」
カナはあたしの腕をつかむ。
「……カナ、あのね」
「馬鹿、心配したんだからね!!」
引かれて抱きしめてきたカナ。
「理奈はなんて?」
「家出しますっていって、理奈の両親大騒ぎよ。ちょうどうちに来てたの」
カナは泣きながら言う。
そっか、最後に一緒にいたのあたしだもんね。
家にも来てるか…。
「外国のきれいな男の子連れてきて、「この人と結婚するんだから」なんて言い出して大騒ぎなんだから」
……理奈……あんた何やってんのよ。
カナから聞かされた理奈の言葉に思わずため息がついてしまった。
マリーチも巻き込まれたんだか…マリーチだから自分から言い出しそうな気が、あぁノリノリでいってそうな気が……。
「あたしはね……、あんたがいつかはこうなるとは思ってたわ…」
「カナ…どういう事?」
「よく、わかんないけど、きっと気がついたら誰かに連れてかれちゃうような。もう二度と会えないような距離に行っちゃうような…そんな気がしてた。死に別れるって言うんじゃなくって、別の……」
そこまで言ってカナは言葉を止める。
「………君が、ガイね?」
後ろに視線を向ければガイがそこに来ていた。
「……そう、君が『そう』なのね」
カナ?
カナはガイを見つめながらそう言う。
「何が、『そう』なの?」
「…………千瀬、あなた気付いてないの?」
不思議そうにカナはあたしを見る。
……気付いてないってどういう事?
「…そうよね、あんたは鈍感だもんね」
「な、何よそれ!!!」
「知音もあんたの鈍感ぷりは心配だって言ってるものね?」
あぁもう、何それ。
知音ってばそんなこと言ってたの?!
「千瀬」
あたしの名前を呼んで、カナはあたしを放す。
「行きなさい、千瀬」
「……カナ……。あたしは…」
「あんたはもう分かってるはずよ。行かなくちゃいけないって事」
行かなくちゃいけない。
カナの言葉を心の中で復唱する。
「ガイ、妹をよろしく。出来れば泣かさないでほしいんだけど。ついでに、ちゃんと名前を呼んであげてほしいんだけど。それから、この子は理解するまで遅いからちゃんと説明してあげてほしいんだけど、それから、君、笑いなさい」
か、カナ?何言ってるの?
「あ、あんた、テレパシストなのか?」
ガイは焦った声を出してカナに問い掛ける。
「さぁ?、なんだっけ?そうそうあなた以上のテレパシストがいるって事忘れてるでしょう?あなたの思考なんて簡単に読んじゃう人がいる事忘れてない?」
「っっおまっっ」
あれ?今のカナの台詞…つい最近聞いたことあるよ。
「カナって超能力者だったの?」
……霊感所持者じゃなかったの?
「千瀬、父さんと母さんにはあたしが説明しておくわ。たぶん、分かると思うけど。あの人達はそう言うこと分かるの。でも来たら泣いちゃうだろうからってあたしをよこしたのよ。あの人達も気付いてるの千瀬は行かなくちゃならないって事」
カナの言葉に頷くけどやっぱり泣いてしまう。
あたしは、行かなくちゃならないんだろう。
それほど帰りたいと思わないのはそうなのだからなのかも知れない。
そう気がついた。
「知音にも説明しておくから。後でお礼してよね。ガイもお願いね」
うっっ。
カナのほほえみにあたしとガイとで思わず言葉に詰まりながらも頷く。
なんだか今まで知らなかった身内の秘密を盛大に知ってしまってなんだか妙な気分。
「千瀬、幸せになりなさい。今は分からないかも知れない。けれど、あなたは気付くときがきっとくる。あなたが信じる人を大切に思う人を守り、愛しなさい」
カナの目はひどく優しくて。
やっぱり大好きなお姉ちゃんで。
「ありがとう、カナ」
「カナじゃなくてカナお姉ちゃんでしょ?」
「そうだね。お姉ちゃんも幸せにね」
「当たり前でしょ?幸せになんないでどうすんのよ」
そうお姉ちゃんは楽しそうに微笑んだ。
「理奈、ありがとう」
宇宙船イスアに戻ればすでにマリーチと理奈が戻っていた。
「カナに逢えたんだね」
理奈はほっとした笑顔をあたしに向ける。
「うん。それよりすごかったんだって?」
「カナから聞いたの?」
おもしろそうに笑う理奈はかなりすごいことをカナがいなくなった後でもやらかしたのかも知れない。
「ママ達、倒れそうになったの。自分たちと同じ事わたしがしてるからびっくりしたみたい」
「なんか俺罪悪感抱いちゃったよ」
「ごめんねぇ、マリーチ」
「いえいえ、理奈ちゃんのためなら」
と目の前に繰り広げられるコントみたいな会話に思わずため息が出てしまう。
二人を放ってあたしはガイの方に向かう。
「どうして、あの時降りてきたの?」
ガイはずっと宇宙船にいるだろうと思ってたから。
「…………心配だったから」
「マリーチや理奈に言われたからじゃなくて?」
「………まだその時は戻ってなかったよ」
憤然とした顔でガイは言う。
怒らせてしまったみたいだ…。
……って事は本当に心配してた。
してくれてた?
「戻らないと思ってたの?」
「……………そう……かも知れないな」
ガイは窓の外を見ながら言う。
窓の外は青い地球を映している。
青い青い、地球。
ほんのちょっと前までこれを肉眼で見るなんて事あり得ないはずだったのに。
今、あたしは宇宙船に乗ってこれを見ている。
「ガイ、お願いしたいことがあるんだけど…」
「地球に帰りたいは無理だけど」
「違う…………あたしの名前、呼んでほしいんだけど……。ルイセじゃなくって」
………ってなんかこの言い方だけど、告白してるみたいでなんか、何かぁ!!!
「……そう…だな…」
そうガイが言ったときだった。
『ピピ、ピピ』
とアラームが鳴る。
「緊急通信アラームだ」
マリーチがイスアにならした音とあんまり変わんないような気がするんだけど……。
そう思うあたしを横目にガイは通信機に座る。
「こちら宇宙船イスア」
『こちら、スカル星プリマス本部。映像通信に切り替えを願います』
「了解」
そう言ってブリッジの中心にモニタが降りてくる。
「スカル星からの緊急通信?」
マリーチがガイの隣に行く。
「あぁ、映像出るぞ」
とガイの言葉に表れた映像は女の人が映っていた。
グリーンブラックの髪に茶色の瞳。
「リア、どうしたんだ?」
「マリーチもいたのね?それから、そちらの二人。えっとルイセ・エシルにアリーナ・ニール?初めまして、あたしはリア・サテラ。スカル星のティラナよ。よろしくね」
正確にあたしと理奈の方に視線を向けて彼女、リア・サテラは言う。
「リア〜緊急通信じゃなかったの?」
「そうでした。ガイ、大変よ」
マリーチにツッコミを入れられた彼女は一転表情を厳しく変え、その声は緊張の色が漂っている。
「何があった」
「パルマ星プリマスのアンクルの二人。フィストのウィル・ラーマ及びセチスのクェス・アジールが、レイス星上空で消息を絶ったわ」
え………、どういう事?