呼ぶ声
1・ジェネレーター
誰かが呼んでる。
誰?
「…千瀬っ」
大音量の繰り返される音と、キックとが鳴り響くなか、背後から声がかけられる。
爆音にかき消されそうになりながらも聞こえた声に、あたしは振り向いた。
「知音、お疲れさま」
そう言うと、彼、知音は子供のような笑顔を見せてくれる。
「まさか、千瀬が来てるとは思わなかったよ」
「なんで?だって今日は、カナも歌うんでしょう?カナは一応あたしの姉だもん、来るよ」
「そうだったね」
と、知音は壇上近くでどこかのDJと踊っているカナを見つめる。
その視線にカナは気が付いたのか、こちらに近寄ってきた。
「千瀬、また知音にわがまま言ってるの?」
「言ってないっ。そう言うカナこそ、知音の事困らせてるんじゃないの?」
「あんたねぇ、自分のしかも年上の姉に向かって、呼び捨てするなっ」
カナはそう言って怒る。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩しないで」
そう言って、怒ったカナをいつもなだめるのは知音。
……分かってるんだけどなぁ。
「そう言えば、千瀬、一人で来たの?終わる時間までいるつもり?その頃になったら、かなり遅い時間になるよ」
と、知音が聞いてくる。
昔から、知音はあたしの事を心配してくれる。
理由は、カナの妹だから。
あたしは、竹内千瀬、一応高校生。
カナは、あたしのお姉ちゃん。
そして、知音は3つ上の幼なじみ。
で、カナは知音の好きな人で、あたしはそのカナの妹。
「妹か…」
小さな声でつぶやいても、爆音にかき消されるから聞こえない。
「千瀬?」
「何でもない。で、何だっけ?」
「一人で来たのかって、聞いてるんだよ」
「違う。理奈と一緒」
「そうか…。一人じゃないから、とりあえずは安心かな」
そう言って、知音は笑顔を見せた。
「千瀬」
その時、理奈があたしの所に戻ってきた。
「千瀬、ウエラさんに握手して貰っちゃったっっ」
楽しそうに戻ってきた理奈はあたしの友人で、このクラブにも一緒に来る仲間。
DJのウエラさんって言うのは知音の友達で、理奈は彼にあこがれてる。
「知音さん、知音さんの曲、かっこよかったですよ」
「ありがとう、理奈ちゃん」
で、知音にもあこがれてたりする。
結局は、かっこいい人は誰でもあこがれてる理奈。
「千瀬、時間大丈夫?」
知音が時計を見てあたしに言う。
「別に、問題ないよ。あたしより、カナは?カナに時間大丈夫って聞いてよ」
「カナは平気。ちゃんとおばさんに言って来てるから。ボクが連れてるって言う事、おばさん知ってるよ」
あ、っそう。
「じゃあ、ついでにあたしの事も言ってよ」
「な〜に、ふざけた事言ってるのよ。あんたは明日も学校でしょう?早く帰りなさい」
「何よ、カナのバカ、年上ぶって。理奈、帰るよ」
カナに文句言って、帰るのをいやがっている理奈を引っ張って、クラブの外に出る。
まだ、時間は早い。
仕事帰りのサラリーマンが飲み屋に行こうって感じ。
まだ、クラブの中でやっているイベントはまだ始まったばかり何だけど。
まだいたかったな。
カナの隣にはいるけれど、知音の事見てたかったし。
「千瀬」
立ち止まっているあたしにクラブの中から出てきた知音が声をかけてくる。
「知音、何?」
「…気を付けて」
真顔であたしと理奈に言う。
「どうしたの?知音」
「知音さん?」
「ともかく、気を付けて、心配なんだよ」
いつもはあまり言わない事を、知音は言ってくる。
「ホントに、どうしたの?知音。何かあった?」
「…そう言う訳じゃないよ…。ただ、心配なんだよ、二人の事が。特に、千瀬」
そう言って、知音はあたしの事を見つめる。
「心配って、あたしは大丈夫だよ?あたしよりカナの事心配したいんじゃないの?」
「そう言う問題じゃないよ。カナも千瀬の事心配だって言ってたし、ボクも心配なんだよ。千瀬の事。千瀬は、ボクにとって妹も同然だし」
…妹、同然…。
もう、改めて聞くとつらいよぉ。
「千瀬も、理奈ちゃんも知ってるよね。カナは少し勘が鋭いところがあるって」
「知音さんもそうですよね」
「ボクは、カナに引きずられてるだけ。ホントは送って行ければ良いんだけど…ともかく、ふたりとも
気をつけて帰れよ。今日は、何か特に心配だから」
と、知音は何度も何度も『気を付けて帰れ』を繰り返した。
後から思えば、勘のいいカナや、それに引きずられているって言ってる知音の何か予感の様なものがあったのかもしれない。
でも、そんな知音の心配を気にもとめず、あたしと理奈はその場を後にしたのだった。
「シルア、ジェネレーターのチェック」
「問題なし。大気圏突入したわりには安定している。報告にあった、データとは多少なりともCO2の割合は多いけど、想定の範囲内だから問題はない」
「アルファ、状況は?」
「ん〜ほぼ、本星と同一、以下同文」
「アルファ、略さないで」
「了解、この一帯の言語解析終了。文法配列は現アルゴン言語と同じ。……なぁシルア、コレってどういう事?」
「単一言語での統一はされていないって事。見れば分かるだろう?」
「なんで」
「狭い範囲だからだよ。本星の様に早くに他惑星に人が住んでいた訳じゃないだろう?ここは一惑星間だから差別化を図る必要がある環境なんだよ」
「アルゴン言語での統一はされているけれど、惑星独自の言語も残っている。それが一つの惑星内で起こっているって言う事よ。それよりも、二人とも降りる準備は出来ているの?」
「問題なし」
「じゃあ、これから作戦を開始します。ただし、手荒な真似は厳禁。分かっているわね」
「了解」
「……?」
誰かに呼ばれる。
「千瀬、どうしたの?」
会話中に突然黙り込んだあたしの顔をのぞき込む理奈。
「理奈、今あたしの事呼んだ?」
理奈の声…だった?
なんか違うような気がするけれど。
「何、言ってるの?」
「そうだよね…」
何、言ってるんだろう、あたし。
でも、呼ばれたような…。
えっ?
何?
不意に、空気が変わったような気がした。
何だろう。
「理奈…」
「や、やだ、千瀬、やめてよね。変な事言い出すの」
「何が、呼んだだけでしょう?」
「だって、今さっきも言ったじゃない。呼んでないのに呼んだ?って。それに千瀬、自覚してる?自分が勘がいい事」
勘がいいって、別にテストの山を当てた事ないし。
「事故とか起こる寸前分かるじゃない」
「って、それって、一回だけでしょう?あれはたまたま」
前に出かけたとき、遭遇したというか、見かけた事故をさして理奈は言う。
「ともかく、勘がいいのは本当じゃないの」
「……」
理奈の言葉に反論出来ないのは、やっぱりこんな時にカナがいてくれたらなんて思ってしまうからだろうか。
「カナは勘がいいから」
知音の言葉は冗談ではなく実は本物。
カナは昔から何かを感じる事が多かった。
霊感強いみたいだったし。
見た事あるって言ってたし。
「千瀬も、そのうちみるわよ」
なんて事も言ってたし。
でも、霊感っていうよりも予知能力みたいなほうが大きかった。
もちろん、はっきりと分かるわけじゃないらしいけど。
「千瀬、気を付けて」
って言われたときは必ずなにか起こってた。
川に落ちそうになったり、ダンプにひかれそうになったり。
って、何か呪われているんじゃないだろうか、あたしって。
でも、カナに頼るのはなんかいや…かな…。
知音の事もあるし、多分、あたしはカナにコンプレックスみたいなのがあるのかも…。
「千瀬」
理奈の声に、飛ばしていた思考を戻す。
「なんか………」
家に帰る道は人通りがないわけではない住宅街の入り口近く。
でも、今は人の気配がしなくて。
仕事帰りのサラリーマンとかいてもおかしくないのに。
あたしと、理奈。
そして、待ちかまえていた二人しかいなかった。
街灯に照らされた銀色の髪と濃い色の髪の人。
「照合終了。例の二人を確認」
日本人に見えない二人は、日本語で会話してる。
「…行こう」
「…うん」
いかにも待ちかまえていた二人を半ば無視するような形であたし達は進む。
「竹内千瀬さんと猪口理奈さん?」
片方から発せられる柔らかい声に一瞬警戒を解いてしまう。
けどっ。
何であたし達の名前知ってるのよ。
思わずビックリしてるあたし達をよそに二人組は言う。
「下手な事言うつもりはないけどね。オレ達は君たちを迎えにきたんだ」
「マリーチっ」
「だって、ホントの事でしょ?オレ達は命令を受けてここに来た。彼女たち二人を本星に連れて行くために」
「……」
どう、聞いても日本語。
「千瀬、何ぃ?どういう事?」
今にも泣き出しそうに理奈はあたしに聞いてくる。
「どういう事って…あたしに聞かれてもわかんないよ」
「じゃあ、どうするの?」
「どうするって…」
多分、逃げるなんて無理。
隙は有りそうだからすぐに逃げられそうなのに、どうあがいても逃げるなんて不可能だと思った。
理由なんて全然ないけど。
「残念だけど、今思っている通りだ」
柔らかい声の人が言う。
「!!!????」
な、何?
思っている通りって。
あたしの思っている通りって事?
「あぁ、こいつ、テレパス所持だから」
「テレパスと言う概念はまだこの星では確立されていない。存在はしていても」
「あららら〜〜」
そう、藍色の髪の人は驚き呆れる。
「理奈、ともかく、逃げよう」
無理だって分かってるけど。
やっぱり、この場にいたくない。
いたら。
この場所にいたら。
この場所にいたら、あたしと理奈。
この場所にいたら、あたしと理奈、もう二度と、帰れない!!!
「理奈っ」
あたしの呼び声に驚き、呆然としている理奈の手をつかみ、家の方向とは逆の、今来た道を戻る。
「千瀬ぇっ、いきなり」
「あたし達、逃げないと」
まだ、足がもつれ気味の理奈を連れてあたしは逃げる。
「すまない」
耳元を声がかすめる。
すまないって何が?
「本当はこんな事を、したいわけじゃないんだ」
そう、悲しそうな声をきいた瞬間、頭がもうろうとして、そこから後は、次に気が付くときまで覚えてなかった。
「手荒な真似はしないって約束だったでしょ?」
管制室で彼女は溜息をつく。
「傷は、付けてない」
ふてくされるように言った銀色の髪の男に彼女は溜息をつく。
「薬使ったじゃない」
「外傷はないよ」
「言い訳にしかならない。やっぱり、私も行くべきだったわ」
藍色の髪の男の言葉にもう一度溜息をついて、計器をチェックする。
「本星に戻ります。大気圏を突破したら、月までの間に、各機関のチェック。月、火星間で空間移動。ジェネレーターのチェックは忘れずにしてよね」
「了解」