第5章 ・5部 ラークの都
ヴォレイン城で一晩、休んだ次の日。
朝食の場にトーニックの姿はなかった。
何でだろうって首をかしげていたら、
「ちょっとやってもらいたいことがあるからトマスビル大陸にね行ってもらったんだよ」
なんで?
「秘密」
あたしの疑問をラテスは笑顔でかわす。
「ミラノ様方はこの後どちらへ参られるのですか?」
ラテスとあたしの会話に混ざるようにフェル王子が聞いてくる。
「え……特には決めてないよね?」
思わず、ラテスの方を確認してしまう。
この後どこか行くとこ会ったっけ?
「ならば、ラミーアに共に参りませんか?せっかくですから父王に会っていただきたいのです」
ち、父王ってフェルのお父さんって、リグリア連合王国の王様の事だよね!!!
「なりませんか?」
と小犬がすがるような目でフェル王子はあたしのことを見つめる。
いや、ホントそんな表現が似合うぐらいに。
「あ、あのね……」
「ミラノは、この後行くところがあるからダメだよ」
ラテスが笑顔でフェル王子の言葉を遮るように言う。
「ど、どこ?」
「忘れちゃった?エランに会わせるって言った事。ミラノちゃんもエランがいるラークの都に行きたかったんじゃなかったっけ?」
そ、そう言えば!!!
「いいの?あの時だけのだと思ってた」
「そんな訳ないでしょ?キミは神々と会った方が良いってガイアにも言われたでしょう?」
初めてガイア様に会ったときに言われた言葉だよね。
「それって契約とかじゃなくって?」
「魔法の契約だけじゃなく。キミの事を知ってもらうっていう意味もあるんだよ」
そ、そっか………。
「と言うわけだから、フェル、アントニオにはエランに会わせたいからって伝えておいて」
アントニオって言うのはリグリア連合王国の王様、アントニオ・ニコラ・ペリッツォーリ・マグヌス2世の事。
「わかりました、父王もミラノさんにはお会いしたかったんでしょうが。またいつか、こちらに来てくださる事をお待ちしてます」
「うん、今度はサガも連れてくるね」
って王子はファナとカーシュの事も知ってるのかな?
「もちろん、知ってますよ」
そっか……じゃ、みんなで来るから待ってて。
「はい、お待ちしております」
「ラテス様も、また来てくださいませ」
マリーナさんがラテスにお別れの言葉を言う。
「お邪魔していいのなら」
「当然ですわっっ。ラテス様でしたらいつでもいらっしゃっても結構ですもの。お名残惜しいですが………この辺で失礼します」
そう言ってマリーナさんはフェル王子と一緒にラミーアへと帰って行った。
…フェル王子…来たときはリランとライナスが護衛してたみたいだけど、帰りはマリーナさんと大丈夫なのかなぁ?
「リランとライナスは護衛って言うよりも案内係だよ。彼はファラスナイトの中でも腕利きだからね、本当は一人でも大丈夫なんだよ。マリーナも実は、ウォールナイトだしね」
え、マリーナさんってウォールナイトだったの?
司祭…だっけ?
カーシュがそう言ってたよ。
「それもあるけど、まぁどっちにしろ見かけによらないよね」
確かに、ラテスの言うとおり。
「さて、じゃあラテス、オレ達も先に行くから」
とクロンメルが会話が切れたのを見計らって話しかけてくる。
「先に行くからってワール・ワーズはどこに行くの?」
「ミラノちゃんと同じラークの都だよ」
へぇ、何しに行くの?
ライブ?
聞いてみたいなぁ、私。
「エラン様から呼び出しを食らったというか……まぁ、言い換えればエラン様に歌を献上しにね」
献上?
「そう、エラン様がボク達の歌を聴きたいって言うから、歌いに行くんだよ」
「すごーい」
思わず感心。
神様からリクエストされるなんて、ワール・ワーズって本当に凄いんだ。
「まぁ……ね」
なんてあたしの言葉に三人は苦笑いを浮かべる。
どうしたの?
「……リクエストって言うか………」
「一応、ペナルティって言うか?」
なんでエラン様の前で歌う事がペナルティなの?
「予定になかったから…かな?。今日突然言われたんだよ。スポンサー様から」
苦笑いを浮かべたままチェスターは言う。
スポンサー様……そっと隣にいるラテスに視線を向ければラテスはわざとらしくため息をつく。
「あのなぁ、大体レグダルの録音スタジオからいなくなったのはどこの誰だよ」
「それ持ち出すのやめて欲しいんだケド」
「リアンにさんざん文句言われてたのを助けたのは誰だっけ?」
「ラテスだよ。チェス、抜け出したのは事実なんだから諦めよ?」
マレイグはチェスターをなだめるように言う。
「良くできました。リアンの仕事きっちりこなすように」
「了解」
と言うわけで、ワール・ワーズは先にラークの都に向かった。
あたしも一緒に向かえばいいんだろうけど、ウィランの街にあたしとラテスは向かう。
別にココで何かをするってわけじゃなく。
ラテスが少し話がしたいからだって。
あたしももう少し、この街を散策したかったから丁度良かったと言えば良かったかも。
「今回は、ありがとう」
軽く観光なんかしてみたりした後、ラテスにそう言われる。
「ねぇ、ラテス、あたし何もしてないよ」
そう、あたしは何もしてない。
ただ、ウィランの街をふらついて、それからフェル王子の隣で突っ立っていただけ。
「そうだね」
……そう、あっさり肯定されると、つらいんですが……。
「でも、何でありがとうなの?」
そう礼を言われる意味が分からない。
「キミがいたから、やろうと思ったから……。かな?」
あたしがいたから、やろうと思った?
意味が分からなくてあたしは首をかしげる。
「元々、オレはこの一件、放っておこうと思った」
「な、何で?どうして!!!」
最初、ラテスが、やって欲しい事があるから、って言ってきた。
その後、聞いて欲しいって言われて全部聞いた。
でも、あたしがやったことはそこにいたことだけ……。
「なんで?」
「この一件、本来は国内のこととして解決するべきだった……」
ラテスの声の響きはどこか冷たい。
海の奥底の様に……。
「それは、そうだけど……」
納得できない……。
「そうだね……。そうだね……」
そう言ってラテスは空を仰ぐ。
「ラテス……」
「君の思いは周囲を変えていく。キミが望むとも望まざるとも関係なしに……」
「それ…似たようなこと…ラプテフでも言ったね」
あたしの思いが聞こえたからって…。
「そうだね。だから、オレはここに来た」
リグリアに?
エルフ問題を解決するために?
「そう、オレの話を聞けば、キミは何とかしたいと思うだろうから。キミは間違っているとおもうだろうから」
でも……。
「オレはキミのそんな思いに動かされた一人……だから……」
そう呟く。
あたしの思いで、他人が動くというのなら、あたしは滅多なことを望めないんじゃないのだろうか……。
強い思いであるなら動かされるかも知れないけど、あたしはただ思っただけだ。
ラプテフを解放したい。
エルフ問題を解決したい。
あたしが出来る範囲で。
だから、三種の神器を取りに動いたし、……ここでは何もやれなかったけど……。
あたしは何も出来なかったことに後悔しているのに、思いだけで廻りが動いてしまうのにはなんだか納得がいかない。
それに……ラテスの言葉……なんだか少し冷たく感じるのは気のせいだろうか……。
神様ってそんなもん?
「エランの所に行こう。待ちくたびれてるかもだよ」
今までのどこか冷たい雰囲気が消えてラテスはそうあたしにいつもの笑顔で話しかけてくる。
「分かった」
何となく、納得いかないままあたしはラテスの言葉に頷いた。
ラークの都は地図で見ると、ウィランから近いところにあるみたいだけど、実際はドイツのベルリンとチェコのプラハぐらいの距離がある。
ラークの都に着いたのは夕方。
城壁で囲まれたそこは実は一つの独立した国だという。
「だからラークの都って言うんだよ。ココがリグリアの発祥の地だという歴史家もいるね。ある種の聖地。まぁ、聖地には違いないかな?古代神で闇の王ではあるけれど、神が住む地だからね」
とラテスの説明。
ローマのど真ん中にあるバチカン市国みたいなものかな?
そんな説明をしたらそれに似てると頷いた。
「ラテス様…」
周囲が夕方の気配を強め始めた頃、街頭が付く。
明かりが付いたせいで、急に夜になったような気がするけれど、その夕闇の中から一人の中学生ぐらいの女の子が現われる。
闇色の髪に、アメジストの瞳。
そしてとがって長い耳……。
「ラテス様、迎えに来ました」
「やあ、モル。エランは元気?」
「聞く必要があるの?」
表情は無表情なのに、声の抑揚は普通な感じの女の子。
「一応の挨拶かな?」
「あいさつ……」
「で、エランは?」
「今、ワール・ワーズの歌を聴いてる」
振り返りどこかを見てからもう一度、こちらを見る。
「改めまして、ミラノさん。私はモル・マインツ・バーデンと言います。カイサリー島では挨拶が出来なくてごめんなさい」
そう彼女はペコンと頭を下げて謝る。
「初めまして、えっと……別に謝らなくってもいいよ。そうだ、モルちゃんって呼んでもいいよね?」
なんか年下って新鮮!!
周り全員年上だし……。
友達みたいになりたいなぁ。
「え?……」
え?
ってなんで驚かれてるの?
「ミラノ、ワール・ワーズの歌聴きたい?」
「え?え!」
突然ラテスに聞かれる。
「ワール・ワーズの歌、聞きたくない?」
「聞きたいけど」
聞けるものなら聞いてみたいけど。
あたし、ワール・ワーズの歌ってまともに聞いてない気がするんだよね。
最初は野外でその後が夢の中で。
屋内では聞いたことがないような気がする。
って、今歌ってる場所が屋内とは限らないよね……。
「じゃあ、行こうか。モル案内してくれる?」
「わかった。こっち…だから…」
とモルは先に向かう。
「……ミラノさん?……」
「何?」
「えっと……呼んでいいから……」
そう言ってさっさと行ってしまった。
な、な…何が?
「モルは、モルちゃんって呼んで良いって言ったんだよ」
ラテスが解説してくれる。
あ、さっきの事か。
ラテスに遮られちゃったから、返事聞けなかったんだよね。
「別に遮った訳じゃないけど…。モルが良いなら良いんだよ」
「何?その言い方」
なんか、ちょっと意味深だよね。
「そうだね。まぁ、モルは本当はカーラと同じぐらいの年なんだよ」
え?カーラと同じぐらい?
って事は80歳ぐらい?
「モルはハーフエルフだよ。ハーフエルフの年の取り方はエルフと一緒。ある程度の年齢に達すると成長を止める」
成長を止める。
ハーフエルフって中学生ぐらいで成長が止まるの?
「じゃあ、モルが12、3歳ぐらいなのも成長が止まってるの」
「………モルの場合はちょっと別。彼女はその年齢で時を止めてしまった」
時を止めた?
「成長するのをやめてしまったという話だよ。エランから聞いた話だけどね」
そうラテスは言う。
成長するのをやめてしまったって、そんなこと出来るの?
「出来るかどうかは分からないけれど、そこまでショッキングな何かがあったらしい。エランからはそれしか聞いてないけどね」
止めるほどの…って何があったんだろう。
怖くて逆に聞けない気がする。
「今は、それでもいいってエランは言ってる。無理に成長させる必要はないってね。さぁ、ココが闇の王エランの神殿だよ」
ラークの都の中心から少し離れた寂れた場に小さな教会。
あたしとラテスはそこにたどり着いた。
「〜〜〜〜〜」
風に乗って音が聞こえる。
どこまでも通り抜ける声。
明るい曲なのだろう…聞こえてくるメロディーだけで心が弾む。
「ラテス様、ミラノさん、こっち」
入り口で待っていたモルちゃんに連れられて教会の奥に入っていく。
小さなと思っていた教会は表の建物で、立っている敷地はかなり広く、その奥に大きな神殿が建っていた。
建物の中に入っていくとメロディが一際大きく聞こえてくる。
「入って?」
一つの扉をさしてモルはあたし達を促す。
入ると向かって右側でワール・ワーズが歌っていた。
あたし達は部屋の横から入ってみたい。
「〜瞳には青い空 左手に風が吹き キミの右手には僕の思いを 荒れ果てた大地から 輝きを見つけ出す キミのほほえみを大切にしたい I LOVE YOU(song by TMN 大地の物語)〜」
この歌は……トリポリタニア合衆国で初めてワール・ワーズの歌を聴いたときに歌って歌だ。
この歌を聴いて、あたしはワール・ワーズのファンになってしまったんだっけ。
素直にいいと思ったんだ。
遠い誰かにも届く声とメロディ。
音楽は世界共通の言語と言ったのは誰だっけ……。
違う世界でもそれは当てはまるってしみじみ思う。
「ラテス、来たか」
ワール・ワーズの歌が終わり、彼らの目の前に座っていた人があたし達の方に視線を向ける。
「やあ、エラン。ココにいるなんて珍しいね。いつもはルーの所にいるんじゃなかったっけ?」
「飽きたのでな。たまにはこっちに来るのも問題もないだろう。シーアンが何かとうるさいが、放っておくにかぎるしな」
「オレは今の発言は聞かなかったことにしておくよ」
「よく言う」
ラテスと会話していたその人はあたしに視線を向ける。
「ミラノ・フォリア・ウォールスだな」
「は、はい」
その声に頷く。
「私は、古代闇の王エランと言う」
「は、初めまして」
エラン様は立ち上がりあたしの目の前にまで来る。
闇の王という言葉に相応しくないまぶしいほどの金色の髪。
でも、持つ瞳は凄く深い闇の色。
「似ている……」
「やっぱり?エランもそう思う?」
「最初に思ったのはお前だろう?ラテス」
「まあね」
似ているって何にだろう……。
「フラウが描いた絵だよ。ミラノ」
そうラテスは微笑んで言う。
あぁ、そうだ……思い出した……。
ラプテフに始めていったとき、オデッサ大地でフラウ様のところで絵を見たんだ。
光の剣をもって、闇色の犬を連れてる…女の子の絵を。
あたしに似てるって思ったんだっけ。
「見せたのか」
「見せたいって言ったから」
「…相変わらずだな」
「お互い様って事で」
ラテスの言葉にエラン様も微笑む。
何がお互い様なんだろう。
「ん〜、エランはフラウと兄妹なんだよ。闇あるところに、光あり。光あるところに闇ありってね」
なんて対して解決されない返事をラテスは返してくる。
もしかするとあやふやにされてるのかも?
なんて考えすぎかなぁ。
夕飯をごちそうになって今日はこの神殿に泊ることになった。
ご飯、おいしかった。
大きな神殿だけど、訪ねてくる人もそう居ないからこの神殿にはエラン様とモルちゃんだけしからしい。
モルちゃんが夕飯を作ってるのかと彼女に感想を述べたら、なんとメインを作ったのはエラン様だと言う。
びっくり!!!
だって、エラン様がその場から動いてた様子なかったよ。
びっくりしてたら前から準備してたんだって。
仕上げの間の時間にワール・ワーズの歌を聴いてたんだって。
なんだかエラン様の見かけによらずな点を知ってしまってびっくりだよ。
料理しそうなんて見えなかったもん。
そして、あたしは今エラン様に呼ばれて彼の部屋にいる。
ゆったりとしたソファに座ってるエラン様とラテス。
「ミラノ、君に、渡すモノがある」
静かにエラン様は言う。
硬質の低い声は静かに響く。
「ラテスから聞いているだろう。たくさんの神と会い、魔法の契約をしろと」
「はい」
エラン様の言葉にあたしは頷く。
ココに来る前も聞かされた言葉だ。
「こちらに」
エラン様に呼ばれ近くにまで行く。
「ポテレ チェ ディフェンデ ラ ディフェサ デル ブイオ クイ エ インカールナタ ダ エラン」
エラン様はあたしに手をかざしそう呟く。
「我は闇の王エラン。そなたの名を問う」
あ、あたしの名前?!
「あたしの名前は、ミラノ・フォリア・ウォールス」
で、良いんだよね。
「解した。汝の名はミラノ・フォリア・ウォールス」
そう言って、エラン様は手を下ろす。
「ミラノ、ナイサント・リューク・フェルメッツァ。そう唱えて」
「はい」
エラン様の言葉に頷いて、あたしは唱える。
するとあたしの目の前に小犬が現われた。
「か、可愛い」
なに、何、これラブ?
ラブラドールっぽい!!!
しかも黒ラブの子犬〜〜〜。
「名はリュークと言う。常は君の中で眠っているが、何かがあったとき君を守るだろう」
守る……。
守護霊みたいなものなのかな?
思わず、式神みたいなの期待してたんだけど。
でもいいや。
「リューク」
「あん」
だって可愛いんだもん。
名前呼んだら、ちぎれるぐらいにしっぽ振って返事してくれる〜〜〜。
「嬉しそうだね」
「うん。だって、可愛いよ、ラテス!!」
でも、なんか眠そう。
「眠らせると良い。今はまだ幼い、生まれたばかりなのだから」
生まれたばかり?
「そう。私と契約したばかりの君の闇の力は弱い。コレは君の力に比例して成長していく。このままでも十分強いがな」
あたしの闇の魔法のバロメーターって事か。
「ありがとうございます、エラン様」
「君のこれからを祈る。今日はもう休むと良い。明日よりまたラテスに振り回されるのだろうから」
げ、マジで?
「エラン、人聞きの悪いこと言わないで欲しいなぁ」
「事実ではないのか?」
「オレはそこまで悪逆非道じゃないよ」
「さて」
う……不安だ。
「あ、あの、お休みなさい」
怖くなって思わず逃げて来ちゃったけど。
明日からのあたしの予定はどうなる!!!
明日のあたし、どうなってるの?
聞く事なんて出来るわけないのに聞きたくなっちゃうぐらい不安になっちゃった。
ホント、どうなんでしょう?